「今、その話するの!?」披露宴で仕事やお金の話をした親戚。私が感じた本音とは
晴れやかな披露宴のさなかに
いとこの披露宴に、私は親族の一人として出席しました。
三十代になってからは、こうしたおめでたい席で、若い二人をそっと見守るのが、すっかり役目になっています。
会場は終始、祝福のムードに包まれていました。新郎新婦の門出を、その場にいる誰もが心から喜んでいるのが伝わってきます。
そんな和やかな雰囲気の中で、私はある親戚の振る舞いに、だんだん落ち着かない気持ちになっていきました。声の大きさが、どうにも場にそぐわなかったのです。
いとこの幸せそうな横顔を見られただけでも、今日は来てよかったと、しみじみ感じ入っていました。
だからこそ、そのすぐあとに覚えた小さな引っかかりを、私は今もはっきりと思い出せるのです。
あの居心地の悪さは、なかなか消えてくれませんでした。
大声で始まったお金の話
披露宴のさなか、その親戚は隣の人と、仕事やお金の話を始めました。
声をひそめるでもなく、周りにまるまる聞こえる大きさだったのです。
収入がどうの、蓄えがどうのと、生々しい話題が続きます。
おめでたい席にはおよそ似つかわしくなく、近くの席の人たちも目を伏せていました。
(今、その話するの!?)
主役の二人が話している最中でさえ、その声はやまなかったのです。
本人は場を盛り上げているつもりだったのかもしれません。けれど、周りが気を遣って相槌を打っているのには、気づいていないようでした。
気まずさの本音
お祝いの席だからこそ、主役への配慮や、場の雰囲気を大切にしてほしい。私はそう思いながらも、それを本人に伝える勇気は、持てませんでした。
親族の集まりで波風を立てたくない気持ちも、正直ありました。だから私は、あいまいな笑みでその場をやり過ごすしかなかったのです。
誰か一人でもはっきり伝えていれば、また違ったのかもしれません。けれど結局、みんな見て見ぬふりのまま、披露宴は幕を閉じていきました。
あの人に悪気がなかったことは、たぶん分かっています。だからこそ、責める言葉も見つからず、ただ気まずさだけが胸に残りました。
お祝いの場での振る舞いとは、どこまでを許すべきものなのか。その答えは、いまだに私の中で、宙ぶらりんのままになっています。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、30代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














