「買ったときから汚れてたんだよ!」レジで声を荒らげる客に、店長が見せた静かな対応
夕方のレジに、シャツが一枚置かれた
その日の夕方、私はレジに入っていた。アパレルの店で働きはじめて一年目で、平日の店内は静かなほうだ。
閉店前の品出しを頭の中で数えていたところに、紙袋を持った男性が近づいてきた。
男性は袋から、うちで扱っているシャツを取り出した。襟の内側をこちらへ向けると、白い粉のようなものが生地に押しつけられたように伸びている。
「ちょっと、これ見てよ。汚れてるんだけど」
「申し訳ありません。状態を確認させていただいてもよろしいでしょうか」
「確認っていうかさ、買ったときからこうだったんだよ。これじゃ着られないでしょ」
男性が持っているシャツを近くで見ると、汚れは襟の裏まで広がっていた。うちでは検品してから商品を包む決まりで、たたむときにも触れる場所だ。ただ、私の判断だけで返品の対応を決めることはできない。
「ご購入時のレシートは、お持ちでしょうか」
すると男性の表情が険しくなった。
「レシート?そんなのもうないよ。でも、ここで買ったんだから分かるでしょ」
「確認のために伺っています。お持ちでなければ、ほかに確認できるものがあるか」
「だから、そういう話じゃないんだって!」
男性の声が店内に響いた。
「こっちは汚れたものを買わされたって言ってるんだよ。もういい。責任者を出せ」
後ろにはいつのまにか数人の列ができていた。近くにいたお客様が驚いたようにこちらを見て、少し距離を取る。
「承知しました。少々お待ちください」
「さっきからそう言ってるだろう。早く呼んでよ」
男性はシャツを持ったまま、カウンターへ身を乗り出した。
私は返事をして受話器を取り、事務所へ連絡した。
代わってくれた人の、横顔だけを見ていた
ほどなくして、店長が事務所から出てきた。
「お待たせいたしました。店長の私が伺います」
男性はすぐにシャツを持ち上げた。
「これですよ。買ったときから汚れてたんです。それなのに、さっきからレシートだ何だって言われて」
店長は男性の話を遮らず、シャツの状態を確認した。
「ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません。詳しく確認しますので、こちらでお話を伺ってもよろしいでしょうか」
「ちゃんと対応してくれるんですよね?」
「はい。まず状況を確認させてください」
店長は横の接客カウンターを示した。男性はまだ納得していない様子だったが、シャツと紙袋を持ってそちらへ移動した。
店長は私を見ると、小さくうなずいた。レジを続けて大丈夫、という合図だった。
ようやくカウンターの前が空き、私は小さく息を吐いた。そのときになって初めて、店内に流れている音楽が耳に入った。
「お待たせいたしました。こちらへどうぞ」
並んでいたお客様を順番に案内する。
「こちら二点でよろしいでしょうか」
「はい」
手を動かしながら、ときどき接客カウンターのほうを見た。
男性の声は、もうこちらまでは届いてこない。店長は男性と向き合い、ときどきうなずきながら話を聞いていた。
横顔しか見えなかったが、表情は変わらない。
会計を終えた女性が、商品を受け取りながら小さな声で言った。
「さっき、大変でしたね」
思いがけない言葉に、少し肩の力が抜けた。
「ありがとうございます。お待たせしてしまって、すみませんでした」
「いえいえ。びっくりしましたよね」
女性はそう言って、袋を手に出口へ向かった。
列がなくなったころ、接客カウンターにいた男性も立ち上がった。私は会話の内容までは聞こえなかったが、男性はシャツと紙袋を手に、そのまま出口へ向かった。
店長は男性が店を出るまで頭を下げ、それから私のところへ戻ってきた。
「大丈夫だった?急に大きな声を出されると、びっくりするよね」
「はい……ちょっと焦りました」
そう答えると、店長は「そうだよね」とだけ言って、もう一度レジの周りを確認した。
男性の前では、困った顔も、面倒そうな顔も、苛立った顔も最後まで見せなかった。
あの日いちばん印象に残ったのは、怒鳴り声よりも、その店長の横顔だった。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた30代男性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














