「若い人が譲るもんじゃないのか」空席だらけの電車で若者に詰め寄った男性。車掌さんが静かに示した別の席
日差しの入る昼の車両
平日の休みに、少し遠くの街まで出かけることにした。昼間の電車はすいていて、長い座席にも空いている場所が目立っていた。
私はドアの近くに座っていた。少し離れたところでは、20歳前後に見える男性が一人、イヤホンをつけて文庫本を読んでいた。
途中の駅で、年配の男性が乗ってきた。
男性は車内を歩いてきて、なぜか本を読んでいる若い男性の前で足を止めた。
「おい、そこ。ちょっとどいてくれ」
若い男性はイヤホンを外し、戸惑った顔を上げた。
「え…僕ですか?」
「そうだよ。年寄りが立ってるんだから、普通は譲るだろ」
少し強い声が、静かな車内に響いた。
若い男性は周囲を見た。近くにも空席はいくつもある。それでも男性に詰め寄られ、どう返したらいいのか分からない様子だった。
「でも、ほかにも席は…」
小さくそう答えると、男性は眉をひそめた。
「そういう問題じゃないだろ。若い人が譲るもんじゃないのか」
若い男性は黙り込み、閉じた文庫本を膝の上に置いた。
見回りに来た車掌さん
このままでは若い男性が立ってしまいそうだった。
私は少し迷ったものの、男性に声をかけた。
「あの、こちら空いてますよ」
私の近くの空席を示すと、近くに座っていた年配の女性も続けた。
「こっちも空いてますよ。どうぞ」
ところが男性は納得できない様子で首を振った。
「いや、席があるとかじゃなくてさ…こういうのは若い人が譲るもんだろ」
そのとき、後ろの車両から見回りに来た車掌さんが入ってきた。
車掌さんは立ったままの男性と、座席の若い男性を見て足を止めた。
「どうされましたか?」
男性は若い男性を指すようにして答えた。
「この人に席を譲ってもらおうと思っただけだよ」
車掌さんは周囲を見渡した。空いている席はまだいくつも残っている。
「そうでしたか。こちらにも空いているお席があります。電車も揺れますので、よろしければそちらへお掛けください」
声は穏やかでしたが、はっきりした言い方だった。
男性は一瞬黙り、改めて周囲を見た。
「…まあ、いいけど」
そう言うと、若い男性の前から離れ、数席先の空いた場所に腰を下ろした。
車掌さんはそれ以上何も言わず、若い男性にも軽く会釈してから次の車両へ向かった。
若い男性はしばらく黙っていたが、やがて私たちのほうを向いた。
「すみません……ありがとうございました」
「いえ、大丈夫ですよ」
近くの女性がそう答えると、若い男性は少しほっとしたように笑い、もう一度文庫本を開いた。
男性にも「若い人が席を譲るもの」という考えがあったのでしょう。ただ、あの日の車内には座れる場所が十分にありました。
誰かを強く責めるのではなく、「空いているお席があります」と事実だけを伝えた車掌さんの言葉が、一番すんなりその場を収めていたのが印象に残っています。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた30代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














