「靴、脱がせたほうがいいですよ」電車の座席に靴で立つ子供。だが、注意された母親の態度が変わったきっかけ
声をかけた女性に、硬い返事が2度返った
昼の電車は空いていて、私は長い座席の真ん中に座っていた。大学の授業が休講になり、いつもより早く家へ帰るところだった。
向かいの座席には、若い母親と小さな女の子が並んでいた。母親の反対側には年配の女性が座り、少し離れたところにもう一人、女性が座っていた。
女の子は赤い靴を履いたまま座面に立ち、窓の外をのぞいていた。
しばらくすると座席の上を数歩歩き、また窓のほうへ戻る。
そのたび、布の座面に白っぽい砂の跡がついていった。
少し離れたところにいた女性が何度か様子を見たあと、ためらいがちに母親へ声をかけた。
「あの、すみません。靴、脱がせたほうがいいですよ」
母親は一瞬驚いたように女性を見てから、娘の足元へ目をやった。
「え…そんなに汚れてます?」
少しむっとしたような声だった。
女性はそれ以上言わず、前を向いた。
けれど女の子はまた座面を歩き始めた。今度はさっきより広い範囲に、うっすらと砂の跡が残った。
女性は迷っているようだったが、もう一度母親へ声をかけた。
「何度もすみません。でも、やっぱり靴を脱がせたほうがいいですよ。あとで座る人もいるので…」
母親は娘を自分のほうへ引き寄せながら、小さく息を吐いた。
「もうすぐ降りるんですけど…分かりました」
そう答えたものの、すぐに靴を脱がせる様子はなかった。
注意した女性も、それ以上は何も言わなかった。
さっきまで静かだった車内が、急に気まずくなったように感じた。
年配の女性が黙って座席を拭いた
そのとき、母親の隣にいた年配の女性が、かばんからウェットティッシュを取り出した。
何か言うのかと思ったが、女性は黙ったまま、自分の近くについていた砂の跡をさっと拭いた。
母親もその動きに気づき、年配の女性の手元を見た。
「あ…すみません」
母親がそう言うと、年配の女性は首を横に振った。
「大丈夫よ。これ、まだあるから使う?」
そう言って、ウェットティッシュの袋を差し出した。
母親は一瞬ためらったあと、「ありがとうございます」と受け取った。
「ほら、一回座ろう。お靴脱ごうか」
母親が娘に声をかけると、女の子は窓の外を指さした。
「まだ見たい」
「見てもいいよ。でも、お靴は脱ごう」
「ここで?」
「うん。汚れちゃうからね」
女の子は少し不満そうな顔をしたが、やがて腰を下ろした。母親が靴を脱がせると、今度は靴下のまま座席に膝をつき、窓の外を眺め始めた。
「そうそう。それなら大丈夫ね」
年配の女性が笑うと、女の子も少し照れたように笑った。
母親は受け取ったウェットティッシュで、娘が歩いたあたりを拭き始めた。
ひと通り拭き終えると、少し離れたところにいる女性のほうを見た。
「さっきは…すみませんでした」
女性も少し驚いたようだったが、すぐに首を横に振った。
「いえ。こちらこそ、何度もすみません」
母親は小さく会釈した。
次の駅に着くと、母親は娘に靴を履かせて立ち上がった。
ドアへ向かう前に、年配の女性へ「ありがとうございました」と頭を下げる。そして少し離れた女性にも、もう一度軽く会釈してから降りていった。
年配の女性は特別なことを言ったわけではない。ただ汚れたところを少し拭き、ウェットティッシュを差し出しただけだった。
それでも、さっきまで張りつめていた空気が、その何気ない行動をきっかけに少しずつやわらいでいったことが、今でも印象に残っている。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた20代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














