「この花束、舞台まで持っていってくれない?」ピアノの発表会で声援を頼んで回った母親。だが、その場で黙りこんだワケ
花束を抱えた女性のお願い
もうずいぶん前、娘がピアノの発表会に出たときのことです。
いくつかの教室が合同で開く会で、客席には初めて見る保護者も大勢いました。
昼の開演を前に、私は娘を控えの部屋へ送り、客席に戻ろうとしていました。
通路を歩いていると、大きな花束を抱えた女性に呼び止められました。
「ねえ、ちょっとお願いしてもいい?」
立ち止まると、女性は花束を持ち直して言いました。
「うちの子が弾き終わったら、この花束、舞台まで持っていってくれない?」
「えっ、私がですか?お母さんから渡したほうが…」
「私は客席から見ていたいの。それとね、弾き終わったら立ち上がって、拍手してほしいの」
突然のお願いに、私は言葉に詰まりました。
「ほかの子のときはいいの。うちの子のときだけでいいから。お願いね」
「すみません、でも…」
私が断りかけたところで、女性は次の席へ向かいました。通路に沿って歩きながら、ほかの保護者にも同じことを頼んでいます。
「すみません、そういうのはちょっと…」
前の列の母親が小さな声で断っても、女性は笑ってその人の肩を軽くたたき、さらに先へ進みました。声をかけられた人たちは困った顔を見合わせています。
わが子を応援したい気持ちは分かりますが、どうして周りの人にまで頼むのだろうと、私は落ち着かない気持ちになりました。
先生の穏やかな一言
開演直前、主催の先生が舞台の前に立ちました。さきほどの女性は通路側の席に座り、花束をひざにのせています。
「本日はお越しいただき、ありがとうございます。始まる前に、ひとつお願いがあります」
先生は客席を見渡し、穏やかな声で続けました。
「拍手や声援は、皆さまそれぞれのお気持ちでお願いします。客席どうしのお願いごとはご遠慮ください」
そして、「子どもたちが落ち着いて演奏できるよう、ご協力をお願いいたします」と付け加えました。
誰かが先生に相談したのかどうかは分かりません。ただ、私には通路でのやり取りを思い出さずにはいられませんでした。
女性はそれまで伸ばしていた背筋を少し丸め、ひざの花束に視線を落としました。口を開きかけたものの、何も言わずに座っています。
近くでお願いを断っていた母親も、ほっとしたような表情でした。
やがて演奏が始まり、女性の娘さんも弾き終えました。客席には自然と温かな拍手が広がりました。うちの娘も最後まで落ち着いて演奏し、私も心から拍手を送りました。
終演まで、女性の花束はひざの上にありました。子どもを思う気持ちが同じでも、その表し方を周りの人に求めるのは違うのだと感じた一日でした。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた50代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














