「私、いる必要あるかな?」ほとんどの社員がリモートワークしてる中出社している私→課長に直談判した結果
月初に配られる、私たちだけの当番表
私が勤める都内のIT会社では、社長命令で全社リモートワーク推奨の方針が出されました。
開発部署のメンバーは持ち出し用のノートパソコンを抱えて、あっという間に在宅へ切り替わっていきます。
隣の島まで、人の気配がふっと消えていきました。
けれどバックオフィスの私たちには、月初に毎月、紙の当番表が配られます。
昼休みの電話当番、郵便物の回収と投函、応接室の花の水替え。
日付の隣に名前がぎっしり書き込まれていて、当番に当たった日は有給を取れません。
誰かが急に休めば自動的に次の人が代打。後で別日に補填するルールも、ご丁寧に細かく決められていました。
外がほぼ無人なのに、当番表だけは厳格に回り続ける。
鳴らない電話の前で昼休みを潰す。
やっていることは前と同じなのに、フロアに人がいないぶん、行為の不毛さだけが鮮やかに浮かび上がってくるのです。
(私、いる必要あるかな?)
お弁当箱を開けても、向かいの席は無人。
昼休みの一時間は驚くほど長く感じられ、目の前の電話は一度も着信を知らせませんでした。
短い問いに返ってきた、上司の決まり文句
当番制を一番きつく感じたのは、ふとデスクを離れた瞬間でした。
お手洗いに立って戻ると、社内メッセージが点滅していることが何度もあったのです。
「今日の電話当番は誰ですか?」
差出人はいつも、出勤組の中の誰か。
鳴ってもいない電話を巡って、私たちは互いを監視し合っているような状態でした。
返信のたびに、胃のあたりがきゅっと縮む感覚があります。
さすがに耐えきれなくなり、私は意を決して直属の課長に直談判に向かいました。
電話は鳴っていない。社長は出勤していない。
それでも昼休みに席を立てない当番制は、本当に必要でしょうか。
短く、けれどはっきりと尋ねたつもりでした。課長は資料から目を上げないまま、ぽつりと返してきたのです。
「誰か出勤しなければならないから」
それは答えではなく、思考停止のテンプレでした。
なぜ誰かが出勤しなければならないのか、その先がぽっかり抜けています。
私はうなずくふりをして自席に戻り、引き続き当番表を眺めるしかありませんでした。
後になって思い返しても、あの当番制は誰のためのものだったのか、はっきりしないままです。
出勤した時間も、消毒した急須も、誰にも届かない郵便物の確認も、結局すべてが空回りでした。
胸に残ったモヤモヤだけが、今もときどき顔を出すのでした。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、30代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














