「お茶、まだかしら」親戚の集まりで私ばかり動く中、何も言わなかった夫が次の集まりで変えたこと
親戚が集まるたび、台所に立つのは私でした
夫の実家では、年に何度か親戚が集まることがあります。その日も昼前から十数人が集まり、私は義母と一緒にお茶や食事の準備をしていました。
届いた仕出し弁当を座敷へ運び、湯呑みを並べ、足りない箸がないかを確認します。夫やほかの親戚は座敷で話していて、いつの間にか私が動き回るのが当たり前になっていました。
ようやく全員分を並べ終え、私も座ろうとしたときです。
「お茶、まだかしら」
親戚の伯母が、座敷の端からこちらに声をかけました。
見ると、伯母の湯呑みだけ空になっています。
「すみません、今お持ちしますね」
私は立ち上がりました。
そのとき、隣にいた夫と目が合いました。けれど夫は何も言わず、そのまま座っています。
大したことではない。そう思おうとしましたが、朝から何度も立ったり座ったりしていた私は、少しだけ寂しくなりました。
帰りの車で、夫に伝えたこと
帰りの車の中で、夫がぽつりと言いました。
「今日、ずっと動いてたよね」
私は少し迷ってから、正直に答えました。
「うん。伯母さんに言われたことより、あなたがずっと座っていたことのほうが気になったかな」
夫はしばらく黙っていました。
「俺、実家だと昔から何もしなくていい感覚のままだったかも」
夫自身、私に任せきりになっていたことに、その場では気づいていなかったそうです。
「次からは俺もやるよ」
謝る夫に、私は「手伝うというより、一緒にやってくれたら助かる」と伝えました。
次の集まりで、夫が先に立ちました
数か月後、再び親戚が集まる機会がありました。
食事が届くと、夫は座敷へ行かず、そのまま私の横に来ました。
「俺、弁当運ぶよ。お茶はどこに置けばいい?」
そう言って、弁当や湯呑みを次々と運んでいきます。
途中、伯母が「お茶をもう一杯お願い」と声をかけると、今度は夫がすぐに立ちました。
「はい、持ってきますね」
それだけのことでした。
誰かを注意したわけでも、気まずい空気になったわけでもありません。
けれど夫が一緒に動いてくれるだけで、私は以前ほど周囲の声が気にならなくなりました。
帰り際、夫が「今日は前より楽だった?」と聞きました。
「全然違ったよ」
そう答えると、夫は少し照れたように笑いました。
あの日、私が欲しかったのは、誰かに言い返してもらうことではなかったのだと思います。自分だけに負担が偏っていることに、いちばん近くにいる人が気づいてくれること。それだけで気持ちはずいぶん違うのだと感じた出来事でした。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた40代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














