「少し切っていただけませんか」隣人から伸びた枝。だが、頼んでもなかなか切らない隣人の事情とは
聞くのをやめて、竹ぼうきを持った秋
裏のお宅の庭は、以前はきれいに手入れされていました。ところが、いつのころからか庭木が伸びたままになり、何本かの枝がうちの敷地まで張り出すようになりました。
秋になれば落ち葉が飛んできます。風の強い日の翌朝には、庭の隅にかなりの量がたまっていることもありました。
一度、裏のお宅へお願いに行ったことがあります。
「こちらまで伸びている枝だけでも、少し切っていただけませんか」
すると、申し訳なさそうにこう言われました。
「そのうち切りますわ。来年の三月には手が回るんで」
それなら、と私は三月まで待つことにしました。
けれど三月を過ぎても、枝はそのままです。しばらくしてもう一度声をかけると、「もう少し待ってもらえますか」と言われました。
いつ切ってもらえるのだろう。そう思いながら庭を見るたび、張り出した枝ばかりが気になるようになっていました。
その年の秋、私はもう聞きに行くのをやめました。
代わりに、朝の支度を始める前の十分ほど、自分の敷地に落ちてきた葉だけを掃くことにしたのです。
竹ぼうきで集めて、ごみ袋へ入れる。それだけでした。
毎日掃かなければならないこと自体は変わりません。それでも、「いつ切ってくれるのだろう」と相手の返事を待たなくなっただけで、以前ほど腹が立たなくなりました。
自分でできるところだけ片づければ、少なくともその日の庭はきれいになる。それでいいと思えるようになったのです。
「明日、業者が来ますわ」と塀の向こうから
そんな朝が何週間か続いたころ、庭を掃いていると、塀の向こうから声がしました。
「すんまへんな、ずっと待たせて。明日、業者が来ますわ」
突然のことで、私は「そうなんですか」と返すのが精いっぱいでした。
それまで私は、もう枝のことを言いに行っていませんでした。毎朝の竹ぼうきの音が聞こえていたのか、それとも以前から業者を探していたのかは分かりません。
翌日、本当に業者の方がやって来ました。
高く伸びていた枝が一本ずつ切られ、軽トラックへ運ばれていきます。庭の草もまとめて刈られ、夕方には塀の上に見える空がずいぶん広くなっていました。
作業が終わるころ、裏の方がこちらへ声をかけました。
「体を悪くしてましてな。なかなか庭まで手が回らんかったんです」
そこで初めて、長いあいだ庭を手入れできなかった事情を知りました。
事情を知らなかった私は、ずっと「どうして切ってくれないのだろう」とばかり考えていたのです。
それからは、塀を越えてくる落ち葉も以前より少なくなりました。
顔を合わせれば庭の話をすることもあります。昔はどんなふうに手入れしていたのかと聞くと、裏の方は楽しそうに話してくれました。
「松は、寒いうちに手を入れるんですわ」
お願いしていたころは、相手が動いてくれる日ばかり気にしていました。
けれど、自分でできることだけをするようになってからは、待つことへのいら立ちも少しずつ消えていきました。
今も朝、庭に葉が落ちていれば、私は竹ぼうきを持ちます。十分ほど掃いて、それで終わりです。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた50代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














