「私が財布を出すのが自然な流れ」年下彼の食事代と日用品まで払った私が、別れて気づいたものとは
支払うのが当たり前になった日々
デート代を負担することが、少しずつ当たり前になりました
年下の彼と付き合っていた頃、デートの会計は私が出すことが多くなっていました。
最初は年上の私が払うことに、それほど抵抗はありませんでした。
相手と楽しく過ごせるなら、それでいいと思っていたのです。
ところが、何度も重なるうちに、私が財布を出すのが自然な流れになっていました。
次のデートでも、その次のデートでも、同じように私が払っていました。
スーパーでは彼の食べ物や日用品もかごに入ります
負担は外食だけでは終わりませんでした。
スーパーへ一緒に行けば、彼が食べるものや彼が使う日用品も同じかごに入り、会計は私がまとめて済ませるようになっていました。
ひとつひとつは特別に高いものではありません。
けれど、買い物のたびに彼の分まで私が支払っていることに、少しずつ引っかかるようになりました。
彼の分も私が買う。そんな前提ができてしまったようでした。
年下だからといって、私だけが二人分を支払い続ける理由にはなりません。
会計では彼の分まで私が支払う流れが続きました
レジで財布を開くたび、どうして私ばかりなのだろうと考えました。
それでも、その場の空気を悪くするのが嫌で、なかなか言葉にできませんでした。
支払ったあとに残るのは、買い物を済ませた安心感よりも、また同じことを繰り返してしまったという小さな疲れでした。
お金を出すこと自体が嫌だったわけではありません。
私が負担することを、いつの間にか当たり前のように受け止められていると感じたことが、つらかったのです。
お金の向こうに見えた気持ち
友人たちの話を聞き、自分の寂しさに気づきます
そんなとき、周りの友人たちから恋人との話を聞く機会がありました。
プレゼントをもらったという人もいれば、生活の面で少し助けてもらっている人もいます。
もちろん、恋人同士のお金の使い方はそれぞれ違います。
比べるものではないと頭では分かっていても、私たちとの違いが胸に残りました。
高価な贈り物が欲しかったのではありません。たまには私のことも気にかけてほしい。
私が支払うことを、当たり前だと思ってほしくなかったのです。
振り返ってみると、私が求めていたのは金銭的な見返りではなく、ちょっとした気遣いや感謝の言葉だったのかもしれません。
そのことに気づいてからは、これまで感じていた寂しさをごまかせなくなりました。
悩んだ末、私は彼との別れを選びました
私はしばらく悩みました。年齢が上なのだから、これくらい受け止めるべきなのか。お金の話を持ち出したら、細かい人だと思われるのではないか。
支払いについて彼と話し合うことも考えました。しかし、これまで自分から負担してきたこともあり、今さらどう切り出せばいいのか分かりませんでした。
そうして悩んでいる間にも、彼と過ごす時間を以前のように楽しめなくなっていました。
お金がすべてではありません。だからこそ、金額だけでなく、その背景にある思いやりや尊重について考えるようになりました。
彼にも彼なりの考えがあったのかもしれません。それでも、私には二人の関係の中で対等だと感じられる場面が少なくなっていました。
別れを選び、自分の気持ちとお金を守りました
悩んだ末、私は彼と別れました。支払ったお金を取り返したわけではありません。これ以上、自分の気持ちを押し込めながら付き合い続けることはできないと判断したのです。
今思えば、もっと早く自分の気持ちを伝えていれば、違う結果になっていた可能性もあります。ただ、当時の私には、関係を続ける気持ちが残っていませんでした。
年上だから、好きだから。そんな理由で、相手の食事代や日用品まで負担するのを当然にしなくていい。
別れてから振り返ると、あの頃の私はお金以上に、対等に扱われている実感を失っていたのだと思います。
相手を思いやることと、自分だけが我慢することは違います。これからは自分の気持ちも大切にしながら、お互いを尊重できる関係を築いていきたいと思っています。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた30代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています。
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














