「今のは、聞かなかったことにして」いつも冷静な40代女性上司。保育園からの電話を切ったあと、頬を赤らめた理由
取引先の電話にも、表情ひとつ変えない上司
私が30代のころ、以前勤めていた職場には、40代の女性上司がいました。
直属の上司だったその人は、仕事が速く、いつも落ち着いていました。
特に印象的だったのが電話の応対です。相手が誰であっても、声の調子がほとんど変わらないのです。
ある日の午前中、取引先から納期を早めてほしいという電話がありました。
急な変更を頼まれれば、少しくらい困った顔をしてもおかしくありません。
ところが上司は、眉ひとつ動かさずに答えました。
「承知しました。では、こちらで日程を組み直します」
電話を切ったあとも、いつもと変わらない表情です。
そのまま私の席まで来ると、書類を差し出しました。
「この表、午後いちばんで数字を見直して」
「はい、わかりました」
上司が席に戻ると、向かいの席の先輩が小声で話しかけてきました。
「あの人ってさ、電話の声が全然変わらないよね。怒ってるのかどうかもわからない」
「確かに。いつも落ち着いてますよね」
上司に保育園へ通うお子さんがいることは知っていました。ただ、職場で家庭の話をすることはほとんどありません。
私は勝手に、きっと家でもあの落ち着いた声で話しているんだろうと思っていました。
保育園からの電話で聞こえた、初めての声
ところが、その日の昼過ぎのことです。
上司の机の電話が鳴りました。いつもどおりの落ち着いた声で出た上司でしたが、相手の話を聞いた途端、表情が変わりました。
「えっ、熱が出たんですか。すぐ迎えに行きます」
思わず顔を上げました。
声が、いつもとまるで違っていたのです。
上司は受話器を両手で包み、心配そうに眉を下げながら、さらにやわらかい声で尋ねました。
「おなかは痛がっていませんか?お昼は少し食べられましたか?」
相手の返事を聞きながら、何度もうなずいています。
向かいの席の先輩も、隣の席の後輩も、驚いたように上司を見ていました。
取引先と話すときの冷静な口調とは違う、子どもを心配するお母さんの声でした。
電話を切った上司が顔を上げ、私たちの視線に気づきました。
「……今のは、聞かなかったことにして」
そう言った上司の頬は、少し赤くなっていました。
「保育園からだったの。子どもが熱を出しちゃって。迎えに行ってきます」
私は慌てて答えました。
「表は私が見直しておきます。早く行ってあげてください」
上司は一瞬、机の書類に目をやりましたが、「ありがとう」と小さく会釈すると、かばんを持って足早に事務所を出ていきました。
翌朝、上司はいつもどおりの涼しい顔で出社しました。
そして私の机に、小さなお菓子の箱を置いたのです。
「昨日の、口止め料」
声はすっかり、いつもの落ち着いた調子に戻っていました。ただ、箱から手を離すのが、いつもより少しだけ早かった気がします。
向かいの席の先輩が、箱をのぞきこんで笑いました。
「ふふっ、口止めされちゃったね」
私も思わず笑ってしまいました。
仕事中はいつも冷静な上司にも、あんなにやさしく、心配そうな声があるのだと知った出来事です。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた30代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














