「お客の前でやることじゃないでしょう」スタッフの挨拶に苦情を言う客。だが、近くにいた常連客が思わず口を開いた理由
昼前の店内に響く声
飲食店で働いていたころのことです。
私の店では、スタッフが出勤すると、先に働いている仲間のところを順番に回って挨拶する決まりがありました。
昼前の店内は、少しずつ席が埋まり始めていました。
その日も、エプロン姿の男性スタッフが奥の通路を歩き、一人ずつに会釈しながら声をかけていました。
私は客席の通路で、お水を注いで回っていました。
通路を挟んだ席では、毎週ランチに来てくださる60代くらいの常連のお客様が食事をしていました。
男性スタッフの挨拶が聞こえると、その方はふと顔を上げ、少し笑顔になっていました。
そんなとき、窓ぎわの席にいた30代くらいの女性客が、手を挙げて私を呼びました。食事をしながら手帳を広げていた方です。
「さっきから聞こえる、あれは何?」
女性客は、あごで奥の通路を示しました。
「出勤したスタッフが挨拶しているんです」
「お客の前でやることじゃないでしょう。気が散るの。謝ってくれる?」
私は返事に詰まりました。スタッフは大きな声で私語をしていたわけではありません。
ただ、手帳を広げていた女性客には、何度も聞こえる挨拶が気になったのかもしれません。
「なんで私が我慢しなきゃいけないの」
女性客はペンを置き、少し声を強めました。私はその場で言い返さず、厨房へ目で合図を送り、店長に来てもらいました。
常連客が伝えた思い
店長は私の隣に立ち、女性客の話を最後まで聞きました。それから丁寧に頭を下げました。
「お気に障ったのでしたら、申し訳ございません。ただ、出勤の挨拶は当店で大切にしている決まりなんです」
「は?客より決まりのほうが大事なわけ?」
女性客が声を強めたとき、近くの席から穏やかな声が聞こえました。
「横からごめんなさい。私、あの挨拶が好きなんです」
声をかけたのは、先ほどの常連のお客様でした。
「聞くと元気が出るのよ。それで毎週通ってるの」
女性客は思いがけない言葉に驚いたようで、常連客のほうを見ました。
通路を挟んだ席のお客様たちも、顔を見合わせて小さくうなずいています。
女性客は手帳に目を落としました。ペンを持つ手を止めたまま、それ以上は何も言わず、残りの食事を続けました。
私は改めて謝罪することはありませんでした。
店長は女性客の不快な気持ちを受け止めつつ、挨拶そのものはやめないと伝えてくれました。その対応に、私はほっとしました。
翌日、出勤した私はいつものように奥の通路を回りました。そして、いつもより少しだけ大きな声で挨拶しました。
「おはようございます。今日もよろしくお願いします」
厨房の奥から、店長の明るい返事が聞こえてきました。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた20代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














