「はい!先に作っておいたんです」注文を聞かずにいつもの料理を出した私。だが、常連客が困ったように笑った
喜んでもらいたくて、注文より先に作った料理
以前、カウンター席のある小さな飲食店で働いていたころの話です。
昼どきによく来てくれる年配の男性のお客さんがいました。
その人が注文するのは、いつも決まって同じ料理。
顔を見るだけで何を頼むのか分かるほどでした。
ある日、私はふと思いつきました。
常連さんが来る前に料理を作っておけば、席に着いてすぐに出せる。きっと喜んでもらえるはずです。
我ながらいい考えだと思い、その機会を楽しみにしていました。
その日の昼、通りの向こうに見慣れた姿が見えました。
「よし、今だ!」
私はさっそく火をつけ、いつもの料理を作り始めました。常連さんがカウンター席に腰を下ろしたころには、ちょうど盛りつけも終わっていました。
「お待たせしました!いつもの、もうできてますよ」
得意げに皿を差し出す私。しかし、常連さんは料理を見て、少し困ったように笑いました。
「あれ、もう出てきちゃったか」
「はい!先に作っておいたんです」
すると常連さんは、頭をかきながら言いました。
「いやあ、実は今日、誕生日でさ。たまには違うものを頼もうと思ってたんだよ」
「えっ……そうだったんですか!?」
私は思わず固まりました。喜んでもらうつもりが、せっかくの誕生日に料理を選ぶ楽しみを奪ってしまったのです。
「すみません。先に聞けばよかったですね……」
申し訳なくて顔を上げられずにいると、常連さんは笑って皿を引き寄せました。
「いや、いいよ。これがいちばん好きなんだから」
そう言って、いつもどおりおいしそうに食べ、きれいに平らげてくれました。
帰り際には、のれんの前で振り返り、こんな言葉までかけてくれたのです。
「でもさ、覚えててもらえるのは、うれしいもんだね」
その優しさがありがたくて、私はますます申し訳ない気持ちになりました。
「今日はまだ作らないで」と笑った常連さん
翌週の昼、また常連さんがやって来ました。
先週の失敗は、もちろん覚えています。
今度こそ注文を聞いてから作ろうと思っていたのに、見慣れた姿を目にした途端、いつもの癖でフライパンに手が伸びてしまいました。
その瞬間、まだ席にも着いていない常連さんが、入口で片手を上げました。
「今日はまだ作らないで」
笑いながら、こちらを見ています。
「あっ!すみません!」
フライパンを手にしたまま慌てる私を見て、奥のテーブル席からも小さな笑い声が聞こえてきました。
常連さんは楽しそうに続けます。
「今日はちゃんと選ぶから。メニュー、見せてもらえる?」
「はい、もちろんです!」
私は急いでフライパンを置き、メニューを渡しました。
常連さんはカウンター席に座ると、ページを行ったり来たりしながら、じっくりと考え始めました。
私も今度こそ、注文が決まるまで待ちます。
そして、しばらくして顔を上げた常連さんが言いました。
「うん。いつものにする」
「……いつものですね!」
思わず笑ってしまいました。奥のテーブル席からも、また笑い声が聞こえてきます。
結局、私は置いたばかりのフライパンをもう一度手に取り、いつもの料理を作り始めました。
それ以来、常連さんがのれんをくぐるときには、入口で片手を上げるのがお決まりになりました。
「今日も、まだだよ」
「はい、まだです!」
今では、それが私たちのちょっとしたあいさつになっています。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた40代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














