「いつまで歌ってるのよ!」早朝から騒音ばかりの隣人。だが、私の偶然の行動で黙り込んだ瞬間
半年続いた、明け方のライブ会場
古いアパートの寝室で、私は耳栓をしたまま天井を睨んでいました。時刻は朝の5時。玄関の鍵を回す音が壁越しに届いて、いつもの開演が近いことが分かります。
「ウオオッ」
壁一枚向こうから、地鳴りのような歌声が突き上げてきます。夜勤明けのテンションなのか、毎朝こうして本気のシャウトを浴びせてくるのでした。耳栓ごしでも腹に響くその声に、もう何度も眠りを断ち切られていました。
「いつまで歌ってるのよ!これ何ヶ月目だっけ」
「半年は超えてる。もう向こうのレパートリー覚えちゃったもん」
隣で夫が苦笑いします。笑うしかないほど、それは堂々とした絶叫でした。
「管理会社に電話すれば一発でしょ」
「でも角部屋なんだよ、隣。誰が言ったかなんて、すぐ分かる」
言った犯人が私だとバレて、廊下ですれ違うたびに気まずくなる。そう思うと、受話器に伸ばした手がどうしても止まってしまうのです。我慢して、耳栓をして、朝が来るのを待つ。そんな半年が、ずるずると続いていました。
鍋を握った手が、偶然すべった
限界が近づいていたその朝も、絶叫で目が覚めました。
「ラララーッ!」
寝不足の頭でキッチンに立ち、味噌汁の鍋を火にかけようと取っ手を握ったときです。寝ぼけた手元がふらつき、鍋の側面が、隣の歌が響く壁にごつんと当たってしまいました。
バン!
思った以上に重い音が、壁を伝って響きました。わざとではありません。ただ手がすべっただけです。
「やば、ごめんね……」
反射的に壁へ謝りかけて、私は息を止めました。あれほどのシャウトが、ぴたりと途切れたのです。
数秒の沈黙のあと、「ウ……」と細い声が一度だけ戻りかけました。けれど続きは喉の奥へ引っ込むように途切れ、二度と上がってきません。薄い息継ぎも、じきに消えました。
「……ねえ、急に静かになってない?」
起きてきた夫が、壁にそっと耳を寄せました。聞こえてくるのは、エアコンの低い唸りだけです。
「鍋がぶつかっただけだよ。本当に偶然」
「でも向こう、完全に黙ったよ」
翌朝。いつもの開演時刻になっても、壁は静かなまま。隣のドアが控えめに閉まる音と、抜き足のような足音が伝わってくるだけです。今度はあちらが、こちらの様子をうかがっているようでした。
「もう叫ばないみたいだね」
「だな」
夫がそう言って笑いました。半年ぶりに、私は絶叫ではなく自分の体内時計で目を覚ましたのです。
耳栓に手を伸ばす必要もありません。声に耐える側だった私たちと、気配を探る側になった隣人と、いつの間にか役割が入れ替わっていました。握り損ねた鍋ひとつで取り戻した朝の静けさは、少しだけ不思議で、忘れられないのです。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、30代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














