「これあんたの荷物だから持っていき」と返された荷物。中のマフラーを見て言葉を失ったワケ
久しぶりの祖母の家で
高校生になったある朝、私は祖母の家の片づけを手伝いに行った。玄関を入ると、線香の匂いと畳のにおいが昔のまま鼻をくすぐった。久しぶりに見る祖母は、少しだけ背中が丸くなっていた。
掃除や荷物の運び出しを終えて帰ろうとしたとき、祖母が古びた段ボールを足元に押し出してきた。中身は見えなかった。
「これあんたの荷物だから持っていき」
覚えのない荷物だった。何だろうと傾けると、色あせた小物の隙間から、毛糸がちらりと見えた。
指でつまんで引き出した瞬間、息が止まった。あちこちがよれた、不格好な手編みのマフラー。小学生の私が、まめのできた手で何時間もかけて編んだものだった。
あの「ありがとう」の正体
記憶がよみがえる。あれは小学生の冬。初めて握った編み棒で、毛糸を何度も結び目にしながら、私はこれを編み上げた。大好きな祖母のために。寒い朝に巻いてほしくて、それだけを願いながら。
正月に両手で手渡したとき、祖母は確かに笑ってくれた。よれた毛糸を、いとおしそうになでてくれた。
「ありがとう、大事にするね」
そのひと言を信じて、私はずっと、祖母がこれを首に巻いてくれていると思い込んでいた。寒い日に祖母を見るたび、あのマフラーを探していたほどだ。
「おばあちゃん、これ、わたしが編んだやつだよ」
そう言うと、祖母は手元の新聞から顔も上げなかった。
「あら、そうだったかね。もう要らないから持っていき」
その声に、ためらいは少しもなかった。捨てるのは気が引けるから、孫に押し付ける。それだけのことだったのだ。一度でも首に巻いたのか、ずっと引き出しの奥で眠っていたのか、確かめる気にもなれなかった。
あの「ありがとう」が、ただの社交辞令だったと知れた瞬間、背筋がぞわりと冷たくなった。悪意があったわけではない。だからこそ怖かった。喜んでくれていると信じた数年が、一本の毛糸とともに静かに崩れていった。
私はしばらく玄関で動けなかった。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、30代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














