弟「兄弟みんな平等が一番もめないだろ」母を10年介護した私が遺産相続の会議で飲み込んだ言葉
きょうだいで囲んだ相続の席
父の四十九日を終えたあと、四人きょうだいで相続の話し合いの席を持った。
父は今年の春に急に逝き、母はその数年前に病で見送っている。私は長女で、下に弟が二人、妹が一人。母が体を壊してからの十年近く、近所に住んでいた私が通院も入退院の付き添いも、日々の食事も一手に引き受けてきた。
その世話のために仕事を辞め、今は休職のまま収入のない身だ。
テーブルの上に通帳と土地の書類を広げ、最初に話を仕切ったのは、父の代わりに世帯主になった下の弟だった。
「兄弟みんな平等が一番もめないだろ」
子はそれぞれ四分の一。
理屈はそのとおりで、反論のしようがない。
何もしなかった人と同じ取り分
けれど、その弟は何年も前から県外に暮らし、母の介護にも父の最期にも一切関わってこなかった。
年に一度か二度、手ぶらで帰ってきて数時間いるだけ。夜中の見守りも、病院からの急な呼び出しも、ケアマネージャーとの面談も、すべて私一人の役目だった。
仕事を辞めたことを伝えたときも、弟は「無理しない範囲でいいよ」と軽く言うだけだった。
「収入に関係なく、一律でいこう」
弟が念を押すように言うと、残りの弟と妹もそれで構わないとうなずいた。
「近くにいたんだから、お姉ちゃんがやるのが自然じゃない」
妹の声に、悪気はなかったと思う。だからこそ、何も言い返せなかった。近くにいたから引き受けた数年間は、誰の目にも「当然のこと」としか映っていなかったのだ。
「……わかった」
喉まで出かかった不満を、私は静かに飲み込んだ。ここで取り分を主張すれば、母の介護を盾に金を欲しがる姉だと思われる。
その恐れのほうが、ずっと大きかった。
公平なのに、晴れない胸
署名欄に名前を書き入れながら、私はずっと考えていた。お金が欲しかったわけではない。
ただ、母のために削った時間も、眠れなかった夜も、何ひとつ数に入れてもらえないまま「四分の一」という同じ数字に収まっていくのが、たまらなくやるせなかった。
会議が終わり、弟たちはそれぞれの暮らしへ帰っていった。残されたのは、公平という言葉では埋まらない胸の隙間だった。
間違ったことは何も起きていない。それなのに、ずっと心に小骨が刺さったまま抜けない。母の手を握っていたのは私で、その記憶は誰とも分け合えないのに、書類の上ではきれいに四等分されていく。
あの数年間は、いったい誰が覚えていてくれるのだろう。答えの出ない問いだけが、今も私の中に居座っている。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、40代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














