tend Editorial Team

2026.07.22(Wed)

「小銭で足りる?1枚ずつ数えるね」長い列ができても誰一人急かさなかったレジ。後日、レジの横に貼られた紙とは

「小銭で足りる?1枚ずつ数えるね」長い列ができても誰一人急かさなかったレジ。後日、レジの横に貼られた紙とは

じゃらり、と鳴った台

レジの台で、じゃらりと重たい音がしました。前に並んでいたお婆さんが、口を縛ったビニール袋を逆さにしたのです。

台の上に、硬貨の山ができました。一円玉と五円玉ばかりで、光っているものはほとんどありません。

「小銭で足りる?1枚ずつ数えるね」

お婆さんが、店員さんの顔をのぞき込むように言いました。私は思わず、店員さんの表情を見てしまったのです。

嫌な顔は、少しもしませんでした。それどころか、レジから回り込んで台の反対側に立ったのです。

「じゃあ、私も一緒に数えますね。十枚ずつ並べていきましょうか」

細い指が、硬貨を手際よく分けていきます。お婆さんの手は震えていて、一枚置くのにも時間がかかりました。

「ごめんなさいね、遅くて」

「急ぎませんから、大丈夫ですよ」

数え終わると、金額が少しだけ足りませんでした。

「困ったねえ。どれを置いていったらいいかね」

「一緒に決めましょう。こちらのお魚とお豆腐、どちらが今日いりますか」

「魚は、明日でもいいかねえ」

店員さんは急かしません。ひとつ戻して打ち直し、また足りなくて、もうひとつ戻して打ち直す。それを何度も繰り返したのです。

誰も急かさなかった列

私の後ろには、いつの間にか長い列ができていました。

けれど、誰も何も言いません。かごを持ち替える人、棚をぼんやり眺める人。それだけです。前へ詰めようとする人も、隣のレジへ移ろうとする人もいませんでした。

会計が終わったのは、袋が逆さになってから20分後でした。

荷物を抱えたお婆さんが、深く頭を下げます。

「みなさん、ごめんなさいね。本当にごめんなさいね」

その時、店員さんが台から身を乗り出しました。

「またいらしてくださいね」

私は、あの顔を今でも覚えています。困った顔でも、作り笑いでもありませんでした。ただ、まっすぐに笑っていたのです。

お婆さんは何度も振り返り、そのたびに頭を下げて出ていきました。

数日後、そのレジの横に小さな紙が貼られていました。

「お会計はおつり銭の都合により硬貨20枚までとさせていただきます」

読んだ瞬間に浮かんだのは、あのお婆さんの顔でした。もう、あんなふうには買えないのだな、と。

けれど、店を出る頃には違うふうに思えていたのです。あれは、あの日ひとりで抱え込んだ店員さんのための決まりでした。断れない人に、断らなくていい理由を渡す紙なのだと。

その日も、あの店員さんはレジに立っていました。硬貨を数える手つきは、あの日と同じようにゆっくりでした。

※tendが独自に実施したアンケートで集めた、30代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています

※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

RANKING

OTHER ARTICLES

NEW 2026.10.25(Sun)

「子どものためでしょ。仕事、休めるでしょう?」保護者会で2度迫られた私。だが、コーチが示したクラブの決まりで空気が一変
tend Editorial Team

NEW 2026.10.25(Sun)

「お客さんなんだから、座ってて」と言った義母。しかし食事中は妻にばかり用事を頼み、見かねた夫が動いた結果
tend Editorial Team

NEW 2026.10.25(Sun)

「ローンはいくら残ってるの?」夫の給料や住宅ローンをしつこく聞くママ友。だが、我慢せず正直な気持ちを伝えた結果
tend Editorial Team

RECOMMEND

2026.05.17(Sun)

「台湾独立は望まない」トランプ氏発言に波紋…対中ディールの思惑と自由を願う市民のリアルな本音
tend Editorial Team

2026.04.02(Thu)

人気YouTuber・がーどまん「不倫と監視カメラの動画について」という動画で自身の不倫騒動を認める
tend Editorial Team

2026.07.10(Fri)

スマホがあれば十分?それとも大人の身だしなみ?腕時計を持つ意味やスマートウォッチの便利さを語る世代間の時間確認の価値観
tend Editorial Team