「一人っ子なんで可哀想」一人娘を憐れんだ義母。だが、娘の無邪気な一言で態度が一変
おばあちゃんの家での昼下がり
義実家に帰省した日の昼下がり、こたつを囲んでみかんを剥いていたときのことでした。
4歳の一人娘は、義母の膝によじ登ったり、また下りたりと、はしゃぎっぱなしです。おもちゃ箱をひっくり返しては、ひとつずつ「これはね」と説明してくれます。
にこにこと孫を眺めていた義母が、ふと声のトーンを落として、私のほうを見ました。
「この子、一人っ子でしょう。まわりが大人ばかりで、気の毒ねえ」
そして、ため息まじりにこう続けたのです。
「一人っ子なんで可哀想」
悪気はないのでしょう。でも一人娘を育てる私には、その一言が小さな棘のように刺さりました。
二人目のことは私自身、答えを出せずにいたからです。
娘はそんな空気にはお構いなしで、私に絵本を差し出してきます。「ママ、これ読んで」
娘のひとことで空気が変わる
ところが当の娘は、みかんを頬張りながら、けろっとした顔で言いました。
「ママとおしゃべり楽しいよ」
予想外の返事だったのか、義母が目をぱちくりさせます。
それでも心配そうに、もう一度たずねました。
「でもねえ、きょうだいがいたら、もっと楽しいわよ?」
娘はきょとんとして、首を横に振ります。
「さみしくないよ。ママ、いっぱい遊んでくれるもん」
そして私の手をぎゅっと握って、うれしそうに続けました。
「この前も、ふたりで大きな観覧車に乗ったんだよ。街がぜんぶ小さく見えたの。ねー、ママ」
あのとき娘は、高いところが少し怖くて、でも「もう一回!」とせがんだのでした。
その得意げな顔を思い出して、私は思わず笑ってしまいます。
娘の話は止まりません。観覧車の次は、売店で買ったうさぎの風船のこと、帰り道で見た夕日のこと。ひとつ話すたびに、目がきらきらと輝きました。
気を使うどころか、娘は毎日を、両手いっぱいに楽しんでいたのです。
言葉を失った義母
義母は何か言いかけて、そのまま口をつぐみました。
「……そう。楽しいなら、いいのよ」それきり、可哀想という言葉は、二度と出てきませんでした。
憐れむ理由なんて、どこにもなかったのです。娘の世界は、ちゃんと笑顔で満ちていました。
しばらくして、娘が義母の袖を引っ張りました。
「おばあちゃんも今度、いっしょに観覧車乗ろう!」
その誘いに、義母がようやく相好を崩します。「そうねえ、おばあちゃんも乗ろうかねえ」さっきまでの決めつけがうそのように、やさしい声でした。
娘は「やくそくね」と小指を差し出します。こたつの上で交わされた小さな指切りに、私は胸をなでおろしました。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、20代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














