「もう十分、耐えたでしょう」20年墓も仏壇も守った母が畳むと決意→介護丸投げの親戚が黙った日
母がひとりで背負った墓と仏壇
物心ついた頃から、我が家には「本家」という重たい役目がのしかかっていた。
末っ子の父が祖父母と同居してその介護を担い、家やお墓、仏壇のすべてを引き受けていた。
上の伯父と伯母は遠方に暮らし、世話はいっさい父と母任せだった。
それでいて、伯父夫婦の口だけは達者だった。
年に一度顔を出しては、介護のやり方に注文をつける。
「兄の言う通りにすればいいんだ」
そう言って、父を子ども扱いする。
手を貸すわけでもないのに、指図だけは一丁前だった。
祖父母を見送ったあとも、母の負担は減らなかった。
遺産は等分だったのに、お墓の掃除も、仏壇のお供えも、法事の段取りも、ぜんぶ母の肩にかかったままだった。
盆や彼岸のたびに、母は朝から墓地へ通い、花を替え、草をむしった。
伯父夫婦は手ぶらで来て、手を合わせて帰るだけ。
子どもの私は、母のそんな背中をずっと見て育った。愚痴ひとつこぼさず役目を果たす母が、少しずつすり減っていくのが分かった。
畳むと決めた母の、晴れやかな顔
伯父夫婦も歳を取り、いつしかアポなしの訪問も減っていった。
潮目が変わったのを、母は見逃さなかった。
ある晩、母は父の前に座って、静かに切り出した。
「もう十分、耐えたでしょう」
「このお墓も仏壇も、私たちの代でちゃんと畳みましょう。次の世代に、この重たい役目を渡したくないの」
その決意を聞いて、私は思わず母の手を取った。
「お母さん、それでいいと思う」
母は少し驚いた顔をしてから、ふっと肩の力を抜いた。
「あなたにそう言ってもらえて、やっと踏ん切りがついたわ」
長いあいだためらっていた父も、その言葉にうなずいた。二人はお寺に相談し、きちんと供養を済ませて、去年、墓じまいと仏壇じまいを終えた。
あとから知った伯父夫婦は、案の定、電話口で騒ぎ立てた。
「相談もなしに、勝手なことを」
けれど母は、もう動じなかった。受話器を替わり、落ち着いた声で言い返した。
「二十年、掃除もお供えも私たちがやってきました。お義兄さんは一度も、手を貸してくれませんでしたよね」
受話器の向こうが、ぐっと詰まる。返す言葉が見つからないまま、伯父夫婦はそれきり黙ってしまった。
あれほど「兄の言う通りに」と繰り返していた伯父が、ひとことも返せない。長年の勝手が、初めて母の前で通用しなかった瞬間だった。
電話を終えた母の顔は、驚くほど晴れやかだった。
「ずっと胸につかえていたものが、やっと下りたわ」
それからの母は、まるで別人のようだった。庭いじりを始め、友達と旅行に出かけ、よく笑うようになった。長い役目からようやく解き放たれた母は、今がいちばん、いきいきしている。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、40代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














