「また落ち葉がうちの前まで来てますよ」2年続いた隣人からの苦情。毎朝掃っていた私が木を切ると決めた理由とは
六時に起きて掃く朝
目覚ましは六時に合わせていた。玄関を出ると、まず隣との境にある低いフェンスの下を掃く。それから道路側へ回るのが、秋になると毎朝の習慣だった。
ちりとりがいっぱいになったころ、隣のご主人が門から出てきた。
「今日も結構落ちてますね」
「すみません。今、こちら側も片付けたところです」
「掃いてもらってるのは分かるんですけどね。また風が吹くとこっちまで来るでしょう」
私は竹箒を持ったまま、「主人とも相談してみます」と頭を下げた。
するとご主人は少し間を置いて、「できれば木のことも考えてもらえると助かります」と言って門の中へ戻っていった。
始まりは枝だった。境界を少し越えていると指摘され、その日のうちに謝って剪定した。それで済むと思っていた。
その木を植えたのは、家を建てた年だった。娘が小さいころには、幹の横に立たせて「今年はここまで大きくなったね」と背比べをしたこともある。
秋になれば落ち葉は増える。それでも長いあいだ、掃くことまで含めて我が家の季節の風景だと思っていた。
風が強かった翌朝は、チャイムが鳴った
けれど、隣にとってはそうではなかった。
風が強かった翌朝になると、インターホンが鳴るようになった。
「また落ち葉がうちの前まで来てますよ」
「すみません。すぐ掃きに行きます」
「悪いけど、お願いします。玄関のところにたまると困るんで」
私は隣の玄関前まで掃き、集めた葉を袋に入れて持ち帰った。
一度、フェンス越しでは届かない葉を取ろうとして、声をかけずに隣側へ箒を入れてしまったことがある。
そのときは、「入るなら一声かけてもらえますか」と言われた。
「すみません。次から必ず声をかけます」
こちらにも配慮が足りなかったと思い、それ以降は気をつけた。
それでも秋になるたび、同じやり取りが続いた。
ある年の帰省中、娘が食卓で一緒に朝ごはんを食べていたときにもチャイムが鳴った。
私が立ち上がると、娘が不思議そうに顔を上げた。
「お母さん、こんな朝早く誰?」
「お隣。落ち葉が来てるって」
「またって……前からなの?」
「もう二年くらいかな」
娘は箸を置いた。
「二年も? 毎回お母さんが掃きに行ってるの?」
「うちの木の葉だからね。でも、そろそろ考えたほうがいいのかもしれない」
口に出してみると、自分でも驚くほどその言葉がすんなり出た。
娘が帰ったあと、私はカレンダーの余白に、以前頼んだことのある植木屋さんの番号を書いた。
年末、見積もりに来てもらった。職人さんは幹の太さを確かめながら聞いた。
「まだ元気な木ですけど、本当に根元から切りますか」
私は少し迷ってから、うなずいた。
「はい。お願いします」
作業の日、私は台所の窓からその様子を見ていた。
枝が一本ずつ落とされ、最後に太い幹が切られた。軽トラックに積まれていく木を見ていると、娘と背比べをしたころのことまで思い出した。
作業が終わると、庭には低い切り株だけが残った。
私はいつもの竹箒で、地面に散った細かな枝葉を掃き集めた。
翌朝も六時に目が覚めた。いつものように玄関へ出てから、掃く落ち葉がほとんどないことに気づいた。
そして、その朝はインターホンも鳴らなかった。
静かになった庭を見ながら、寂しい気持ちがないわけではなかった。それでも、これで毎朝チャイムの音を気にしなくていいのだと思うと、少しだけ肩の力が抜けた。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた60代以上女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














