「あんた、喋り過ぎだ」20年通ってくれた常連客。だが、接客を変えたあとに起きたこと
鏡ごしに言われた「あんた、喋り過ぎだ」
理容店を始めて二十年ほどになります。
開店したころから通ってくれている常連もいて、その男性もその一人でした。
いつもの椅子に座ると、男性は昔の仕事のことや家族のことをよく話します。
私は聞きながら髪を切り、ときどき短く相槌を返す。それが長い間、当たり前になっていました。
その日も男性が仕事の話をしていたので、私は後ろ髪にバリカンを当てながら聞いていました。
話が途切れたところで、何気なく声をかけました。
「そういえば、去年の暮れは寒かったですね」
「そうだな」
返事は短く、その直後、鏡の中の男性の表情が変わりました。
「あんた、喋り過ぎだ」
思わず手を止めそうになりました。
「こっちは髪を切りに来てるんだ。話を聞きに来てるんじゃない」
私は「失礼しました」とだけ返し、それからは必要なこと以外、口にしませんでした。
閉店後、妻にその話をすると、妻は少し驚いた顔をしました。
二十年近く通ってくれている人から言われただけに、私も思った以上に引っかかっていたのだと思います。
世間話をやめることにした
実は少し前にも、別の常連から施術中に何度か「早くやれ」と言われたことがありました。
その人が何を理由にそう感じたのかは分かりません。ただ今回のことまで重なり、私は「話をしながら切っていると、手が遅いように見える人もいるのかもしれない」と考えるようになりました。
そこで翌日から、自分から世間話を始めるのをやめました。
挨拶と長さの確認、仕上がりの確認だけ。あとは黙って手を動かすことにしました。
やがて、「喋り過ぎだ」と言った常連がまた来店しました。
「今日はいつもの長さでよろしいですか」
「ああ」
それきりです。
向こうから天気の話を振られても、「そうですね」と短く返しました。
鋏の音と、蒸しタオルを用意する音だけが店に残りました。
帰り際、男性は少し不思議そうにこちらを見ましたが、私はいつもどおり頭を下げました。
その次の来店も、同じように接客しました。
3回目の予約欄は、白いままだった
ところが、それから次の予約は入りませんでした。
一度目、二度目と来ていたいつもの時期を過ぎても電話はなく、月が変わっても予約帳の欄は白いままでした。
「あの人、来なくなったわね」
妻に言われ、私は「そうだな」とだけ返しました。
何が正解だったのかは今でも分かりません。話しかけられるのが嫌な日もあれば、いつもの会話がなくなると寂しく感じる日もあるのでしょう。
朝、店の椅子を拭き終えると、ラジオの声だけが静かな店内に流れます。私はその日の予約帳を開いてから、いつものように戸を開けました。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた60代以上男性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














