「何してるの!早く立ちなさい!」運動会で観客席から届いた声。だが、転んでも最後まで走った子が、やっと顔を上げた瞬間
最後の走者が、カーブで転んだ
秋の運動会で、私は本部席の近くに座っていた。午前の最後のリレーが始まり、砂ぼこりの立つトラックを子どもたちが走っていた。
最後の走者にバトンが渡ったころには、四つの組の差はほとんどなかった。白い帽子がまとまるようにカーブへ入っていく。
その中で、先頭を追っていた子が足をとられた。
膝から地面に落ち、そのまますぐには起き上がれない。
ほかの走者が通り過ぎると、周囲から「大丈夫?」という声と拍手が上がりかけた。
そのとき、観覧席から大きな声が飛んだ。
「何してるの!早く立ちなさい!」
子どもは顔を伏せたままだった。
もう一度、同じ方向から声がした。
「ほら、みんなもう行ってるよ。早く!」
さらに「そんなところで転んで、恥ずかしいよ」と続いた。
さっきまで聞こえていた拍手が、急に小さくなった。
となりに座っていた保護者が、心配そうにトラックを見た。
「……大丈夫かな」
「痛そうだよね」
私もそれ以上は何も言えなかった。
ほかの走者が離れたのを確認すると、コースの内側にいた担任の先生が子どものそばへ駆け寄った。
しゃがみ込んで、膝のあたりを確かめる。
「痛い?立てそう?」
子どもが小さくうなずいた。
「そっか。じゃあ、慌てなくていいよ。ゆっくり立とう」
先生は手を伸ばしたが、無理に引き起こすことはしなかった。
少しして、子どもは地面に手をつき、自分で立ち上がった。
先生が「走れそう?」と聞くと、その子はもう一度うなずいた。
そして、バトンを握り直して走り出した。
先生はその背中をしばらく見届けると、コースの内側を通ってゴール側へ戻っていった。
3人目の「よく走ったね」で、顔を上げた
ほかの三つの組は、もうゴールしていた。
トラックを走っているのは、その子だけだった。
最初の数歩は少しぎこちなかった。それでも途中で止まることはなく、最後の直線ではしっかり腕を振っていた。
やがて白線を越える。
ゴールのそばで待っていた先生が、すぐに近づいた。
「よく走ったね。痛かったね」
子どもは下を向いたまま、先生の差し出した手を握った。
そこへ係の保護者がタオルを持ってきた。
「よく走ったね。膝、ちょっと見せてね」
その声にも、子どもは黙ってうなずいた。
近くにいた別の組の保護者も、通り過ぎるときに足を止めた。
「最後まで、よく走ったね」
その言葉が聞こえたとき、子どもがようやく顔を上げた。
視線の先には、最初に駆け寄った先生がいた。
先生が少し笑う。
「うん。よく頑張った」
子どもの肩から、少し力が抜けたように見えた。
係の人が膝の手当てをしているあいだ、その子はバトンを返し、今度は自分の帽子を両手で握っていた。
放送からは、もう次の種目の案内が流れている。本部席のあたりにも、いつもの運動会のざわめきが戻ってきていた。
片づけが始まったころ、となりにいた保護者が小さく息をついた。
「最後、顔上げたね」
「うん。ちょっとほっとした」
それだけ話して、私たちはまた退場門のほうを見た。
あの子はもう自分の組の列に戻っていた。
前の子から何か話しかけられると、小さくうなずいている。笑ってはいなかったけれど、もう下を向いてはいなかった。
列に合わせて、まっすぐ前を向いて歩いていた。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた40代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














