「これ以上は難しいと思いますよ」混んだ車内で固まった私を、斜め前の人が助けてくれた瞬間
朝の車内で、払うような手がこちらを向いた
夜勤明けの朝だった。上りの車内は通勤の人でいっぱいで、私は運よく端の席に座ることができた。鞄を膝に置き、できるだけ肘掛けのほうへ体を寄せていた。
ひと駅ごとに人が増え、目の前に立つ人との距離も近くなっていく。座っているだけなのに申し訳ないような気がして、私はさらに肩をすぼめた。
そのうち、すぐ横に年配の男性が立った。しばらくすると男性は私のほうを見て、手を横へ払うように動かした。
何か言ったようにも聞こえたが、走行音でよく分からない。
「…私ですか?」
小さく聞いたものの、返事はなかった。
私は鞄を抱え直し、座面の端ぎりぎりまで体を寄せた。ところが男性の手が、もう一度同じように動く。
「これ以上は……」
そこまで口にして、言葉が止まった。もっと詰めろという意味なのか、席を立ってほしいのか、それすら分からなくなっていた。
三度目の声で、男性は手を下ろした
そのとき、斜め前に立っていた人が男性へ声をかけた。私が何度も体を寄せていたところを、近くから見ていた人だった。
「あの、もう十分寄ってますよ」
責めるような言い方ではなかった。
男性は返事をしなかったが、まだこちらへ手を向けていた。
すると、その人がもう一度言った。
「本当に、もう十分寄ってますよ」
それでも男性がこちらを見ていたので、少し間を置いて三度目の声が続いた。
「もう十分寄ってます。これ以上は難しいと思いますよ」
そこで男性は手を下ろした。何も言わずに手すりを握り直し、そのまま前を向いた。
私もすぐには顔を上げられなかった。怖かったというより、どうしていいのか分からなくなっていた緊張が、一気にほどけていくようだった。
次の駅で男性は人の流れにまぎれて降りていった。助けてくれた人は、それ以上何も言わず、同じ場所で吊り革を持っていた。
私が降りる駅に着いたとき、思い切って声をかけた。
「あの、さっきはありがとうございました」
その人は少し驚いた顔をしてから、「いえ、大丈夫ですよ」と笑った。
「私、どうしたらいいのか分からなくなってて…」
「びっくりしますよね。あれ以上は寄れそうになかったですし」
次の勤務日に同僚へ話すと、「それは困るね。でも、見ててくれた人がいてよかったね」と言われた。
大きな言い争いになったわけではない。それでも、困っていることに気づいて静かに声をかけてくれた人のことを、私は今でもよく覚えている。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた20代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














