一つのホテルに泊まるつもりで、震災後の応援勤務へ。宿が毎日変わる生活になり、男性が自宅から持ち込んだもの
一つのホテルに長く泊まり、寮のように暮らすつもりだった。
東日本大震災のあと、仕事の応援で福島県へ半年ほど赴いた50代の男性は、そう考えていたといいます。
しかし、現地で始まったのはホテルを転々とする生活でした。
tendのアンケートに寄せられた当時の経験をご紹介します。
営業しているホテルが限られていた
回答によると、当時は営業しているホテルが限られていました。
男性は一か所に落ち着いて滞在する生活を想像していたものの、実際には宿泊先を毎日変えて生活することになったそうです。
仕事で来ている以上、仕方がないと受け止めた男性。
そこで、自宅の車を現地へ持ってきました。
自宅の車を持ち込み、宿泊先を転々とした
男性は、持ってきた車を使いながら宿泊先を変える生活を続けたといいます。
滞在先を固定できると考えていた点は、当初の想定と違っていました。
一方で、手当や宿泊代は支給されていたそうです。
ホテルを移る生活ではありましたが、本人は金銭的な問題はなかったと回答しています。
自宅へ帰る回数は少なかったが
応援勤務の間、自宅へ帰る回数は少なかったとのこと。
それでも男性は単身赴任に慣れており、本人の感覚では、それほど大きな生活の変化はなかったそうです。
家族からは励ましの言葉ももらいました。
一か所に滞在するつもりでしたが、自宅から持参した車と支給される宿泊費のもとで、ホテルを替えながら過ごした経験でした。
※本記事は、tendが実施したアンケートにお寄せいただいた投稿エピソードをもとに、編集部が構成したものです。個人や勤務先が特定されないよう、氏名・詳しい地名・社名・商品名などは伏せています。
※記事の内容は投稿者ご本人の記憶と主観にもとづくものであり、tendがその正確性を保証するものではありません。
※tendは、記事中の方法や選択を推奨するものではありません。実施される場合は、ご自身の判断と責任でお願いいたします。
※東日本大震災後の投稿者個人の経験です。現在の宿泊事情や、地域全体・勤務先全体の対応を示すものではありません。














