「邪魔くさい」と言われたベビーカーの母親。混んだ電車で母親が謝り続ける中、近くの女性が返した一言
ベビーカーに向けられた言葉
数年前の、平日の夕方のことです。私鉄の電車は帰宅する人で混み合い、私はドア横の手すりにつかまって立っていました。
すぐそばには、白いカーディガンを着た70代くらいの女性がいました。
途中の駅でドアが開くと、赤ちゃんを乗せたベビーカーを押す若いお母さんが、周囲に声をかけながらゆっくり乗り込んできました。
「すみません、通ります……すみません」
お母さんは何度も頭を下げながら、少しでも通路をふさがないよう、ベビーカーをドア横のスペースへ寄せようとしていました。
私も邪魔にならないよう半歩ずれると、その後ろに立っていた50代くらいの男性が大きく舌打ちをしました。
「こんな混んでる時間に、ベビーカーで乗ってくるのかよ」
お母さんが驚いたように振り返ります。
「すみません。なるべく端に寄せますので……」
「そういうことじゃなくてさ。邪魔くさいんだよ」
吐き捨てるような言い方でした。
お母さんの表情が固まり、ベビーカーのハンドルを握る手に力が入ったのが分かりました。
「……すみません」
私も「そこまで言わなくても」と思いました。でも、男性の強い口調にひるんでしまい、すぐには声を出せませんでした。
「少し詰めれば大丈夫でしょう」
そのとき、そばにいた70代くらいの女性が男性に声をかけました。
「そんな言い方しなくてもいいじゃないですか」
男性は女性のほうを見ました。
「だって邪魔でしょう。こんなに混んでるんだから」
女性は少し周囲を見回してから、落ち着いた声で返しました。
「でも、赤ちゃん連れだって電車には乗りますよ。少しずつ詰めれば大丈夫でしょう」
それから、お母さんにもやわらかい声をかけました。
「大丈夫ですよ。私も昔、子どもを連れて電車に乗りましたから」
お母さんは少し驚いたような顔をしたあと、小さく頭を下げました。
「ありがとうございます……」
女性は私のほうを見て、
「こっち、もう少し寄れそうですね」
と言いました。
「はい」
私も体の向きを変え、手すりの近くへ少し詰めました。
それを見た周りの人たちも、無理のない範囲で少しずつ立つ位置を変えてくれました。
広々としたわけではありません。それでも、ベビーカーの周りには人がぶつからずに立てる程度の余裕ができました。
男性は何か言い返すこともなく、その後は黙っていました。
次の駅でドアが開くと、男性は人の間を抜け、そのまま降りていきました。
お母さんはベビーカーの中をのぞき込み、ずれていた赤ちゃんの毛布をそっとかけ直しました。
そして、女性と私に向かってもう一度頭を下げました。
「さっきは、ありがとうございました」
女性は軽く手を振りました。
「いいのよ。気にしないで」
私もようやく、
「大丈夫ですよ」
と声をかけることができました。
その日の夜、夫に車内での出来事を話しました。
「今日、電車でね。ベビーカーのお母さんに『邪魔くさい』って言った人がいたの」
「え、そんなこと言われたの?」
「うん。お母さん、何度も謝ってた。でも近くにいた女性が声をかけてくれて」
「そのお母さん、つらかっただろうね」
「うん。私も何か言いたかったんだけど、すぐには言えなかった」
夫は「急にああいう場面になると、なかなか声って出ないよな」と言いました。
その言葉を聞きながら、私は車内で最初に声を上げた女性のことを思い出していました。
強い言葉で男性を言い負かしたわけではありません。ただ「少し詰めれば大丈夫」と声をかけ、実際に自分から動いただけでした。
それでも、その一言がきっかけになって、私も周りの人も動くことができたのです。
あのときすぐに声を出せなかった自分も含めて、今でも時々思い出す出来事です。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた40代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














