「親が前で撮るのは当たり前だろ」運動会でマナーを守らない父親。だが、先生が示した撮影場所
ロープの前から動かない背中
去年の秋の日曜、甥の幼稚園の運動会を見に行った。
姉は役員の手伝いで本部のテントに入ることになっていたため、「かけっこの写真、撮っておいてね」と頼まれていた。
私は観覧席のシートに座り、カメラを膝の上に置いて出番を待っていた。隣には、孫を見に来たらしい年配の夫婦が座っていた。
かけっこの前の準備体操が終わったころ、カメラを首から提げた父親が観覧席の前へ出てきた。
そのままロープ際に立ち、自分の子どもがいるあたりへレンズを向ける。
「あら…見えなくなっちゃったわね」
隣の年配の女性が、困ったように体を横へ傾けた。私の位置からも、その父親の背中で園庭の一部が隠れていた。
すると近くにいた係の若い先生が、父親に声をかけた。
「すみません。こちらでは座って見ていただくことになっているんです」
父親は振り返った。
「今からうちの子の番なんですよ。少しだけだから、立って撮らせてください」
「座ったまま撮っていただくか、立って撮る場合は向こうの撮影スペースをお願いします」
先生がゴール側を指した。
「でも、今から移動してたら間に合わないでしょ」
「すみません。ここに立たれると、後ろの方が見えなくなってしまうので……」
父親は少し声を強めた。
「ちょっと撮るだけですよ。親が前で撮るのは当たり前だろ」
そう言うと、再びカメラを構えた。
先生も困った表情で、もう一度声をかける。
「お気持ちは分かるんですが、皆さん同じようにお願いしているんです」
「だから、これが終わったら戻りますって」
ところが一組終わっても、父親はロープ際から離れなかった。
「もう結構たってるよな」
隣の年配の男性が腕時計を見た。最初に先生が声をかけてから、五分ほどが過ぎていた。
係の先生が広げた案内の紙
そこへ、本部のテントから園長先生が歩いてきた。
「すみません。撮影場所のことで何かありましたか?」
強く注意するのではなく、まず事情を聞くような口調だった。
父親はカメラを少し下ろした。
「子どもを撮りたいだけなんです。ここで立っちゃダメって言われて」
「はい。観覧席では座って見ていただいて、立って撮影される方には向こうのスペースを使っていただいているんです」
「それ、最初から決まってたんですか?」
すると係の先生が、手にしていた折りたたみの紙を広げた。
「はい。こちらの案内にも載せています」
運動会の案内には園庭の配置図があり、ゴール正面の一角に撮影スペースが示されていた。観覧席では座って観覧することも書かれていた。
父親はしばらく紙を見つめた。
「……ああ、ここですね」
それ以上は言わず、カメラを胸元に下ろして撮影スペースのほうへ歩いていった。
「ああ、見えるようになったわ」
隣の年配の女性がほっとしたように言い、座り直した。
私もカメラを構え直した。座ったままでも、走ってくる甥の姿は十分に見えた。
やがてスタートの合図が鳴り、子どもたちが一斉に走り出した。
私は画面の真ん中に甥をとらえ、ゴールテープに飛び込む瞬間までシャッターを切った。
しばらくして、本部の手伝いを終えた姉が戻ってきた。
「どう?撮れた?」
「うん。ゴールのところまで撮れたよ」
「よかった。あとで見せて」
撮影スペースを見ると、先ほどの父親もほかの保護者と並び、今度は決められた場所からカメラを構えていた。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた30代男性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














