イメージ画像
マツコ氏が語るネットレビューの極端な低評価に対し、現代の評価基準を問い直す
日々の買い物や店選びで、スマートフォンの画面に並ぶ星の数を眺める時間は、現代の日常に深く溶け込んでいます。先日のテレビ朝日系番組『マツコ&有吉 かりそめ天国』で、タレントのマツコ・デラックスさんがネットの低い評価、いわゆる星1レビューを安易に付ける人々へ疑問を投げかけ、大きな反響を呼びました。
番組内で挙げられたのは、商品自体には大満足しているものの、梱包の箱が少しつぶれていただけで最低評価の星1を付ける事例です。あるいは、食事は美味しくサービスも良かったのに、配達員の態度がほんの少し気に入らないという理由で評価を激しく下げる振る舞いも紹介されました。これに対し、共演する有吉弘行さんも恐怖を覚えると応じ、極端な評価に走る人々の心理へ視線が向けられています。
ネット上では、この意見に対して深くうなずく声が数多く寄せられました。
『商品そのものの良し悪しと、配送業者の対応は分けて評価されるべきで、混同した記述は買い物の参考にならない』
『星5の評価ばかりが並ぶ商品はかえって不自然で、極端な最高値と最低値を除いた中間層の意見こそが最も信頼できる』
『病院の口コミを過信して不安を抱いたものの、実際に足を運んでみれば医師も看護師も親身で拍子抜けした経験がある』
こうした言葉からは、ネット上の情報と現実のギャップに戸惑う人々の姿が浮かび上がります。
かつては純粋な情報交換の場であったネットの評価システムですが、近年は個人の些細な不満や、一時的な感情をぶつける道具になってしまっている側面も否めません。特に医療機関の評価においては、相性や受け止め方の違いが大きく影響するため、画面の文字だけを頼りに選択肢を狭めてしまうのはもったいないことです。
旅先での食事処や、休日に楽しむ書籍を選ぶ際、私たちは他者の言葉に頼りすぎてはいないでしょうか。他人の不満に振り回されることなく、自らの目で確かめ、自分なりの体験を重ねることの大切さに、改めて気づかされます。
誰かの星1レビューの裏には、その人の極端な基準や、その日の体調、あるいは配送時の不運が隠されているのかもしれません。画面の数値に一喜一憂せず、目の前にある価値を素直に受け止める大人の余裕を持ちたいものです。
他者と自分の評価は違って当たり前という、どこか緩やかな姿勢が、複雑なネット社会を穏やかに渡り歩く知恵になるに違いありません。














