「自分の物だから売った」久しぶりに帰った実家で、棚から消えていた祖母の時計と弟から返ってきた思わぬ答え
久しぶりに帰った実家の、朝の居間
私は一人で暮らしていて、実家に帰るのは半年に一度くらいになっていた。
その朝も、母が仕事に出たあとの居間で、冷めたお茶を飲みながら新聞を広げていた。家の中は静かで、一つ下の弟はまだ自分の部屋にいた。
顔を上げたとき、窓際の棚が目に入った。
何かが違うと思ったが、最初はそれが何なのか分からなかった。しばらく見ていて、いちばん上の段に何も載っていないことに気がついた。
そこには祖母が使っていた小さな置き時計と、父が旅先で買ってきた木の人形が並んでいた。子どものころ、背伸びをして時計のねじを回した記憶がある。
今はその段だけが、きれいに空いていた。
二段目には、母が集めていた器が端に一つだけ残っていた。四角い跡が横に並んでいて、そこに何が置かれていたかは形で分かる。
棚は1つずつ空いていて、それが何か月も前から続いていたことも、跡の濃さで分かった。
弟が起きてきたのは、九時を過ぎたころだった。私はお茶をもう一杯いれて、棚のほうを指した。
「ねえ。ここにあった時計、知らない?」
弟は棚をちらっと見て、「ああ、あれ?」とだけ言った。
「そう。おばあちゃんが使ってたやつ。どこかに移したの?」
「いや。もう誰も使ってなかっただろ」
その言い方に引っかかって、私は新聞をたたんだ。
「使ってないって…ずっとここに置いてあったじゃん」
弟は台所へ行き、コップに水を入れて戻ってきた。こちらを見ないまま、いつもの椅子ではなくテーブルの向こう側に腰を下ろした。
「だから、俺の物だし。いいかなって」
「待って。どういう意味?時計だけじゃないよね。人形もなくなってるし、母さんの器も減ってる」
弟は少し黙ってから、水を一口飲んだ。
「……売ったよ」
「売ったの?」
思わず声が大きくなった。
「あれ、自分の物だから。売っただけ」
「自分の物って……本気で言ってる?」
「だから、自分の物だから売ったんだって」
弟は面倒そうにそう言うと、コップを持って立ち上がった。
3年前に渡した封筒のこと
その日の夕方、母が帰ってきてから、私は台所で棚のことを話した。
「ねえ、あの棚の物、減ってるの気づいてた?」
母は流しの前で手を止めた。
「…何が?」
「おばあちゃんの時計とか、父さんが買った人形とか。弟に聞いたら、売ったって」
母はすぐには何も言わなかった。
「私が『どういうこと』って聞いても、ずっと『自分の物だから売った』って。二回も同じこと言われた」
「そう…」
母の返事があまりに短くて、私は少し言葉に詰まった。
「怒りたいわけじゃないんだよ。でも、いつからこうなってたのか分からなくて。帰ってきたら、棚がどんどん空っぽになってるんだもん」
そう口にしたとき、三年前のことを思い出した。
弟にお金を渡したのは3年前になる。
当時の私も家賃と通信費で毎月ぎりぎりだったが、支払いが重なって苦しいと聞いて、封筒に入れて渡した。返す期限は決めなかった。
そのあと、欲しがっていた物が弟の部屋に増えていくのを見て、本当にあのお金は支払いに使われたのだろうか、と疑うようになった。
窮屈な思いをさせたくないと考えたのは、私のほうだった。
母が寝たあと、私はもう一度居間に戻った。
棚の前に立って、残っている物を上から順に数えた。三段目の右の端にも、四角い跡が新しくついていた。
数えている自分に気づいて、私は手を下ろした。
次はどれが消えるのだろう。
そう考えてしまった自分が、なんだか嫌だった。
台所のほうで、冷蔵庫の音が低く鳴っていた。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた20代男性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














