「バスでも駅でも、あなたを見たよ」ジムで顔を合わせる程度の知人。奇妙な言い分に退会を決意
ジムで会うだけの人
二年ほど前のことです。当時通っていたジムで、ロッカールームでだけ顔を合わせる女性がいました。
年のころは、四十代くらいだったでしょうか。
挨拶を交わす程度の、ごく浅い間柄でした。連絡先も知らず、立ち止まって世間話をしたことさえ、一度もありませんでした。
その人が、あるときから、私の行動を口にするようになったのです。
「この前、駅前のカフェにいたね。パスタ食べてたでしょう」
教えた覚えのないことを、なぜか知っている。最初のうちは、たまたま見かけたのだろうと、軽く考えていました。
一日に三度
けれど、だんだんと、偶然では片づけられなくなっていきました。行かなかった日には「来なかったね」と言われ、ふらりと寄ったスーパーの時間まで、正確に当てられるのです。
そのどれもが、私が誰にも話していない、一日の細かな断片でした。
いちばん怖かったのは、ある一日のことです。その日は朝から夕方までのあいだに、三度も、別々の場所で彼女と言葉を交わすことになりました。
「バスでも駅でも、あなたを見たよ」
三度目に会ったとき、笑顔でそう告げられたのです。バスの中も、駅のホームも、たしかに私がその日に通った場所でした。一日に三度、同じ人に見つけられている。その事実に、背筋が凍りつきました。
私はどこにいても、あの人の視界のどこかに入っている。そう思うと、外を歩くことそのものが怖くなりました。
理由は分からないまま
面と向かって問いただすことは、どうしてもできませんでした。
相手はいつも笑っていて、悪気などかけらもない、穏やかな顔をしているのです。
下手に責めれば、こちらのほうがおかしいと言われそうな気さえしました。結局、私はそのジムを辞めました。
時間帯をずらすだけでは足りず、通う場所ごと手放したのです。
それきり、あの人と会うことはなくなりました。けれど、すっきりと片がついたわけではありません。
あの人が、いったいどこから私を見ていたのか。なぜ一日に三度も、私の居場所を知り尽くしていたのか。今もなお、その答えを、私は持っていません。
ふとした瞬間に、あの笑顔がよみがえります。そのたびに、誰かに見られていたあの感覚が、静かに背中へ戻ってくるのです。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、30代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














