「まだ子供作らないの?」帰省の度に急かし、手紙まで書いてきた義母。だが、夫の一言で態度が一変
結婚三年目の帰省で
結婚して三年目の帰省でした。
義実家の居間に座るなり、義母が身を乗り出してきました。
「まだ子供作らないの?」
あいさつもそこそこに、いきなりの一言です。
自分たちも不妊治療をしたのだから、あなたたちも早く病院へ行きなさい。
義母はそう畳みかけてきました。
「今は二人の時間も大切にしたくて」
私がそう答えても、義母は聞く耳を持ちません。
何歳までに産むべきか、何人産むべきか、勝手に話が進んでいきます。
隣で聞いていた夫が、静かに割って入りました。
「母さん、それはうちで決めることだよ」
その場は、それでいったん収まりました。
けれど、本当の指図はここから始まったのです。
手紙で続いた口出し
帰宅して数日後、義母から一通の手紙が届きました。
中身は、不妊治療をすすめる長い長い文章でした。
それだけならまだしも、手紙は毎週のように届くようになります。
子作りの段取りから、家計のやりくり、食事の献立まで、こと細かに指図が書き連ねてありました。
あるときは、私の実家との付き合い方にまで口が出されていて、開いた口がふさがりませんでした。
「今週も来たよ」
「もう受け取るのもしんどいね」
封筒を見るたび、気持ちが沈みました。義実家に行く回数も、自然と減っていきます。
私は思いきって、たまった手紙を全部、テーブルに広げて夫に見せました。
夫はひととおり目を通すと、表情を険しくしました。
「ここまでされたら、さすがに黙ってられない」
夫はその場で実家に電話をかけました。
子どものことも、家計のことも、自分たちで決める。手紙で指図するのは、もうやめてほしい。私の隣で、はっきりとそう伝えてくれたのです。
電話の向こうの義母は、何か言い返そうとして、けれど言葉が続かなかったようです。
しばらくの沈黙のあと、小さく「わかった」とだけ聞こえてきました。
その日を境に、あの手紙はぴたりと止まりました。義実家とは、ほどよい距離での付き合いに変わりました。
盆と正月に、顔を見せに行く。それくらいがちょうどいい。あれほど気が重かった帰省が、今は驚くほど気楽になりました。
次に義実家を訪ねたとき、義母は子どものことには一切触れませんでした。少し気まずそうに目をそらし、当たり障りのない世間話だけをして、私を家政婦のように急かすこともなくなっていました。
「あなたが線を引いてくれたから」
私がそう言うと、夫は照れくさそうに頭をかきました。踏み込ませない一線を、きちんと引く。たったそれだけで、暮らしはこんなにも穏やかになるのだと知りました。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、40代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














