「お菓子はいつも、あちらが上ね」手土産を評価する義母。数年後、入院した義父の一言に絶句
比べられるための持参
結婚してからの十数年、義実家へ手ぶらで行ったことは一度もない。
義母が和菓子好きだと知って選んだのが、遠方の有名な和菓子屋の最中だった。予約しないと買えず、当日も店の前に列ができる。
並んだ話は、一度もしていない。
「お口に合うといいのですが」
「そう。そこ、置いといて」
箱は玄関脇の棚に置かれたまま、お茶の時間を迎える。開けるのは、たいてい義父だった。
「お、これは並ばんと買えんやつだろう」
「お父さん、余計なこと言わないで」
義母は最中をひとつ手に取り、皮を眺めてから、静かに言った。
「お菓子はいつも、あちらが上ね」
あちら、というのは義姉の夫のことだ。
彼が買ってくる菓子は、いつも大絶賛される。
「あの人が選ぶものは、箱を開けた瞬間にわかるのよ」
私が持ってきた最中を食べながら、義母はその話を三十分続けた。
蕎麦が食べたいと言われたときも、片道二時間の店まで生蕎麦を買いに行った。
「あちらでいただいたお菓子の方が、美味しかったわ」
湯気の立つ丼を前に、義母はそう言った。義父は黙って、自分の分を最後まで食べた。
帰りの車で、夫は「気にするな」と言った。気にしないふりは、もう慣れていた。
枕元で呼ばれた「あの子」
義父が弱ったのは、それから数年後のことだ。
病室に親族が集まった夕方、義父はもうほとんど食べられなくなっていた。
「何か食べたいものはある。なんでも持ってくるから」
義母が枕元でそう聞いた。義父はゆっくり息を吸って、掠れた声で答えた。
「あの子が買ってきた、お菓子が食べたい」
誰も、すぐには動けなかった。
「あの子って、どの子のこと」
義父は答えない。
代わりに、目だけを部屋の隅へ向けた。その先に、荷物を抱えたまま立つ私がいた。
義母の顔から、表情が抜けた。口を開きかけて、何も言わずに閉じる。膝の上の手を、きつく握った。
「……そう。じゃあ、お願いできる」
私に向かって、義母が初めて頼みごとをした瞬間だった。
翌日、いつもの店のお菓子を持って病室に戻った。義父は本当に一口だけ食べて、うなずいた。
義父が息を引き取ったのは、その週のうちだった。
四十九日を終えたあと、義母から電話がかかってきた。
「今度来るとき、あのお菓子を。……お父さんの、仏壇にね」
「はい。持って行きます」と答えると、義母は小さく礼を言って電話を切った。
それからの義母は、私が箱を差し出すと、その場で紐を解くようになった。皿に並べて、義父の写真の前にひとつ置く。
あちら、という言葉は、もう聞かない。
最期にたった一言、義父は選んでくれた。それだけで、十数年ぶん棚に溜めた箱が片づいた。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、50代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














