「ほら、パパが抱っこするから」義両親の前でだけ育児をする夫。だが、子供が嘘を暴いた瞬間
玄関で始まる年一度の芝居
親戚が集まるのは、年に一度、夏の終わりだ。
義実家の門をくぐった瞬間、夫の背筋が伸びる。
「ほら、パパが抱っこするから」
車の中では一度も娘を見なかった人が、玄関先で娘を抱き上げた。義母が出てきて、目を細める。
「あらあら、よく懐いてるわねえ」
「まあ、いつもこんな感じなんで」
私は荷物を両手に提げたまま、後ろで立っていた。
靴を脱ぐ間にも、夫は娘を高く持ち上げてみせる。娘は驚いた顔で、私のほうを振り返った。
台所で煮物を温めていると、義叔母が話しかけてきた。
「旦那さん、よくやってくれるんでしょう」
「……そうですね」
それ以上、言葉が出てこない。フルタイムで働いて、保育園の送りも迎えも、夕飯も寝かしつけも私だ。
夫の担当は、玄関から集積所までのゴミ出しだけ。それを本人は、堂々と家事と呼ぶ。
座卓に皿が並び、ビールが二本空いたころ、夫の声が大きくなった。
「冷蔵庫の中身も、俺が入れてる」
義父が、ほう、と顔を上げる。
「買い出しも週末は俺だし。まあ、共働きだからな」
誰も疑わない。義父はうなずき、義叔母は感心したように夫を見た。この人は毎年、この十分間のためだけに父親をやる。
麦茶のコップから顔を上げて
そのとき、隣に座っていた四歳の娘が、麦茶のコップから顔を上げた。
「パパ、おうちでやってるの見たことないよ」
箸の音が、いっせいに止まった。
夫が笑ってごまかそうとする。
「こら、パパがやってるだろ。お前が保育園に行ってる間にな」
娘はきょとんとして、首を横に振った。
「ちがうよ。ぎゅうにゅうがないって、パパいつもママに言ってるもん」
夫の喉が、ごくりと鳴った。
義母が箸を置く。義父は、コップを持ったまま夫の顔を見ていた。
「……あんた、まさか」
夫は義母から目を逸らし、そのまま座卓の木目を見つめた。反論は、ひとつも出てこなかった。
義叔母が、場をとりなすように笑う。
「うちの人も昔そうだったわよ。子どもには敵わないわねえ」
笑ったのは、義叔母だけだった。義父がゆっくり口を開く。
「奥さんに、ちゃんと礼を言え」
夫は小さく頷いて、何か言おうとして、結局「……はい」とだけ答えた。義母はその横顔を、しばらく黙って見ていた。
帰り道、車の中は静かだった。娘は後部座席で、口を開けて眠っていた。
その週末、夫は買い物のメモを自分で書いた。牛乳と、卵と、娘の好きなヨーグルト。同じ牛乳を三本買ってきたけれど、私は何も言わなかった。
年に一度の芝居は、たぶんもう終わりだ。幕を下ろしたのは、麦茶のコップを抱えた四歳だった。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、40代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














