「全部、返してくれたの?」10万円を貸した彼から毎月届いた封筒。母が最後の一枚を見て黙った理由
図書館の階段で、彼が切り出した話
大学の図書館を出たところで、彼が急に歩く速さを落とした。私は返したばかりの本の話をしていたが、いつもより返事が遅いことに気づいた。
秋の夕方だった。彼は階段の途中に腰を下ろすと、鞄の口を何度か触ってから、少し言いにくそうに口を開いた。
「ちょっと、頼みがあるんだけど」
「どうしたの?」
「奨学金がひと月だけ、10万円ぶん入らないんだ」
思わず聞き返した。
「え、急に?そんなことあるの?」
「申請する月を俺が読み違えてた。来月からはまた入るんだけど、今月だけ足りなくて」
彼にとって奨学金は、家賃や生活費を支える大事なお金だった。困っているのは分かったが、学生の私にとって10万円は簡単に出せる額ではない。
その夜、実家の母に電話で相談した。
母はしばらく黙ったあと、こう言った。
「貸すなら、戻ってこなくても困らないと思える分にしなさい」
「うん。私も、全部返ってくるとは思わないようにする」
封筒に入っていた、小さな紙
それでも私は彼に10万円を貸した。
翌月、彼は小さな封筒を持ってきた。中には現金と、紙が一枚入っている。
紙には、日付、返した金額、残りの金額。その三つだけが書かれていた。
「これ、毎回書かなくてもいいよ」
そう言うと、彼は首を振った。
「いや、書く。俺もちゃんと覚えておきたいから」
返済額は毎月同じではなかった。余裕のある月は多めで、五千円だけの月もあった。それでも封筒が途切れることはなかった。
私は小さな紙を捨てず、菓子の空き缶に一枚ずつ重ねていった。
母から「あのお金、どうなった?」と聞かれることもあった。
「今、半分くらい返ってきたよ」
そう答えても、母は「最後まで分からないわよ」と言うだけだった。
最後の封筒に入っていた一通
一年ほどたったころ、彼が最後の封筒を持ってきた。
その日は、いつもの小さな紙ではなく、便箋が一枚入っていた。
「読んでいい?」
「うん。そのために書いたから」
そこには、この一年で返した日付と金額が、最初から順番に書かれていた。
そして、いちばん下には「残り0円」とあった。
私はその数字を見て、ようやく本当に全部返ってきたのだと実感した。
次に実家へ帰ったとき、空き缶ごと母の前に置いた。
母は小さな紙を一枚ずつ見て、最後の便箋で手を止めた。
「……全部、返してくれたの?」
「うん。一度も途切れなかった」
母はしばらく便箋を見ていたが、やがて紙をきれいに揃えて缶へ戻した。
そして立ち上がりながら、少し照れたように言った。
「今度うちに来ることがあったら、連れてきなさい。おいしいものくらい出すから」
貸したときは、半分戻れば十分だと思っていた10万円。最後に残ったのは、お金が戻った安心だけではなく、一年間約束を守り続けた彼への信頼だった。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた40代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














