「そんなに響いてますか?」返事のない隣人から3度の苦情。だが、管理会社に相談した結果
のぞき穴の向こうは無人だった
このアパートに住んで5年になる。帰宅は8時ごろ。風呂と片付けを済ませ、11時には寝る。
そんな生活が崩れたのは、3年前の春、隣の部屋の住人が入れ替わってからだった。
始まりは、ポストに入っていた一枚のメモだった。
「夜に洗濯機を回すのは控えてください」
一行だけだった。確かに遅い時間は避けたほうがいいと思い、それからはなるべく早めに済ませるようにした。
ところが数日後、夜に掃除機をかけていると、突然玄関の外から声がした。
「ちょっと、うるさいんですけど」
驚いて掃除機を止めた。
「すみません…」
そう答えながらのぞき穴を見る。しかし、廊下にはもう誰もいなかった。
ドアを少し開けると、隣の扉が閉まる音だけが聞こえた。
同じことが、その月のうちにあと2度あった。
3度目の夜、私は声が聞こえるとすぐにドアを開けた。
「すみません。そんなに響いてますか?」
隣の扉に向かって声をかけたが、返事はなかった。
少しして聞こえたのは、鍵をかける音だけだった。
そのころには、家の中で音を立てること自体が気になるようになっていた。
椅子は引きずらずに持ち上げる。夜9時を過ぎたら掃除機は使わない。
それでも、ときどき隣から壁を叩くような音が返ってきた。
「これ以上、どうすればいいんだろう…」
自分の部屋なのに、何をするにも隣を気にするようになっていた。
掲示板に貼られた紙
3か月ほどたったころ、職場で同僚にこの話をした。
「それ、一度管理会社に相談したほうがいいんじゃない?」
「でも、うるさいって言われてるのはこっちだから…」
「だからこそだよ。何時ごろだったか、分かる範囲でまとめて相談してみたら?」
私は、声をかけられた時間や壁を叩かれた時間を、覚えている範囲で紙に書き出した。それから管理会社へ電話をした。
担当者が来たのは、週明けの夕方だった。
玄関先で紙を渡しながら、私はこれまでのことを説明した。
「ドアの外から『うるさいんですけど』って言われたのが3回あって…。それからは、かなり気をつけてるんです」
担当者は紙に目を通しながら聞いた。
「掃除機を使っていたのは、だいたい何時ごろですか?」
「9時前後です。10時を過ぎて使ったことはありません」
「そうですか。少なくとも時間については、規約で決められている範囲ですね」
担当者は持っていた冊子を開いた。
「ここですね。掃除機や洗濯機などの家電は、午後10時までとなっています」
私は少しほっとして、聞き返した。
「じゃあ、時間については違反してないってことですか?」
「はい。ただ、音の響き方は部屋によって違いますから、時間内なら何をしてもいいというわけではありません。隣の方にも、そのあたりを含めてお話ししておきます」
「お願いします。直接話そうとしても、返事をしてもらえなくて…」
「分かりました。今後また何かあったら、直接やり取りせずにこちらへ連絡してください」
担当者はそのまま隣の部屋のチャイムを押した。
私は玄関の中に戻ったが、壁越しに声が聞こえた。
「生活音についてご相談がありまして。規約では、掃除機や洗濯機などは午後10時までとなっています」
少し間があった。
「……そうなんですか」
隣の男性の声だった。
「はい。ただ、音が響くこともありますので、その点はお互いに気をつけていただければと思います」
やり取りは、それほど長く続かなかった。
担当者が戻ってきて、私にも声をかけた。
「隣の方にも説明しました。今まで通り時間には気をつけてもらって、何かあったら管理会社に連絡してください」
「分かりました。ありがとうございます」
それ以降、隣から壁を叩かれることはなくなった。ドアの外から「うるさい」と声をかけられることもなかった。
翌朝、ゴミを出しに一階へ降りると、掲示板に新しい紙が貼られていた。
生活音について改めて注意を呼びかける内容で、「掃除機・洗濯機などの使用は午後10時まで」と書かれた部分には下線が引かれていた。
少しして、隣の部屋の男性も階段を下りてきた。
男性は掲示板の前で足を止め、同じ紙を見上げた。
ふと目が合った。
気まずくて視線を外しかけたとき、男性が小さく頭を下げた。
私も黙って会釈を返した。
言葉は交わさなかった。
朝の廊下には、どこかの部屋から掃除機の低い音が聞こえていた。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた40代男性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














