「あのお客さん、気をつけてね」女将さんに注意された無愛想な常連客。緊張しながら領収書を渡した私、男性から返ってきた思わぬ言葉
女将さんから聞かされた、無口な常連客の話
今でも領収書を書くとき、10代のころのアルバイトを思い出すことがあります。
初めて働いたのは、女将さんと旦那さんが営む小さな飲食店でした。
ふたりとも親切で、仕事を何も知らなかった私に、一つひとつ丁寧に教えてくれました。
働き始めて少したったころ、女将さんから領収書の書き方を教わりました。
日付の位置や宛名の書き方、渡すときの向きまで。
私が練習していると、女将さんは「上手、上手。その調子」とほめてくれました。
その店には、会計のたびに必ず領収書を頼む常連の男性がいました。
いかつい顔つきで、いつも無表情。
必要なこと以外はほとんど話さないため、私は少し苦手意識を持っていました。
ある夜、その男性の領収書を書いて渡したあとのことです。
男性が帰ると、女将さんが私に声をかけました。
「あのお客さんね、ちょっと厳しいところがあるから、気をつけてね」
「えっ、私、何か間違えましたか?」
「ううん、今日は大丈夫よ」
そう言われても、何に気をつければいいのか分かりません。
もともと近寄りがたい印象だったこともあり、それからは男性が来るたびに緊張するようになりました。
注文を聞くときも、お水を置くときも、失礼がないようにと必要以上に気を張ってしまいます。
女将さんがわざわざ注意するくらいだから、何かあったら怒られるのかもしれない。そんなことを考えていました。
領収書を見つめる男性から、思いがけない一言
次にその男性が来た夜のことです。
私はいつも以上に慎重に接客しました。
会計になると、領収書の用紙を取り出し、宛名を一字ずつ丁寧に書きました。
「お待たせしました。こちら、領収書です」
両手で差し出すと、男性は受け取った領収書に目を落としました。
ところが、なかなか顔を上げません。
何か書き間違えただろうかと不安になっていると、男性が口を開きました。
「この字、あなたが書いたの?」
「はい。何か間違っていましたか?」
恐る恐る尋ねると、男性は少し表情をやわらげました。
「いや、いい字だね。前の子のは、ちょっと雑でね」
「あ……ありがとうございます」
怒られると思っていた私は、驚いてしまいました。
男性は小さくうなずくと、領収書を財布にしまって帰っていきました。
私はしばらく、何が起きたのか分からないような気持ちで立っていました。
すると、厨房の方から女将さんが出てきました。
「ほめられたでしょ?」
「はい。でも、怒られるのかと思いました」
「あの人、字にはうるさいのよ。ちゃんと見てるのね」
「そういうことだったんですか。私、ずっと怖くて……」
そう答えると、女将さんはおかしそうに笑いました。
私もようやく緊張が解けて、一緒に笑ってしまいました。
男性が無口で表情をあまり変えないのは、相変わらずです。それでも、あの日から以前ほど怖いとは感じなくなりました。
むしろ、あの男性の領収書を書くのが、少しだけ楽しみになったのです。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた30代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














