「会社に呼ばれたんだよ」出産中の私を放置した夫。だが、病室に来た夫の姿を見て、本当の理由に気づいてしまった
夕方に届いた匂い
娘が生まれて二日目の夕方、ようやく夫が病室に現れた。
けれど、ドアが開いた瞬間に私が気づいたのは、夫の顔ではなく、服にしみついた匂いだった。
パチンコ店の、あの独特の匂い。そして着ているのは、なぜかよれたジャージだった。
「会社に呼ばれたんだよ」
「急ぎの仕事でさ、抜けられなくて」
夫はそう言って、悪びれもせずベッドのそばに腰かけた。
「昼間も電話で言ったろ。急に仕事になったって」
「うん、聞いたよ」
(その嘘、全部わかってるよ)
私は何も言わず、生まれたばかりの娘の頬にそっと触れた。
昨日の朝から、夫はこの子の顔を一度も見ていない。それなのに、口から出てくるのは言い訳ばかりだった。
一つずつ、静かに
感情をぶつけても仕方がない。産後の体は重く、声を荒らげる気力もなかった。
だから私は、ただ事実だけを順番に並べることにした。
「あなたの会社、土日に急な呼び出しなんてないよね」
「いや、今日は特別で」
「八年付き合って、休みの日に呼ばれたこと、一度もなかったよ」
夫が口ごもる。
「スーツが決まりだって、あなたが言ってたよ」
「それは、その、着替える時間がなくて」
夫の返事が、だんだん細くなっていく。
「それに、仕事のあとなのに、どうしてパチンコ屋の匂いがするの」
三つ目を言い終えたとき、夫の顔から、すっと血の気が引いた。
さっきまでの軽い笑みは、どこにもない。何か言いかけては飲み込み、結局、口は開いたまま固まった。
入れ替わった立場
そのとき、夜の検温に来た看護師さんが、ドアの手前で立ち止まった。気まずい沈黙が、病室に広がる。
夫は耐えきれなくなったように、床に膝をついた。
「ごめん、本当にごめん。生まれた日に、俺は最低なことをした」
その姿を、私は黙って見下ろしていた。許すとも、気にしないとも言わなかった。
ただ、最後に一番つらかったことだけを口にした。
「あなたのご両親も、今日のこと知ってて私に黙ってた。それが、何より悲しかったよ」
夫はうつむいたまま、長いこと顔を上げられなかった。
退院してからの夫は、別人のようだった。
夜泣きのたびに先に飛び起き、慣れない手つきでミルクを作る。私が口を出すより先に、自分から動くようになった。
「今日は俺が見てるから、ゆっくり寝てていいよ」
ある夜、そう言って娘を抱き上げた夫の背中を見ながら、あの病室で立場が入れ替わったのだと、私は静かに思った。嘘でごまかせる相手ではないと、もう夫もわかっている。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、30代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














