「祖母をしばらく見てほしいの」十年連絡もなかった親族。預かった私に待っていたのは
夜の頼みごと
その連絡は、夜遅くに来た。
私のスマホに着信があった。画面に出ていたのは、長らく音沙汰のなかった遠縁の親族の名前だった。
「祖母をしばらく見てほしいの」
声に切迫したものがあった。住んでいた家が火事になってしまい、行き場がなくなったのだという。
祖母だけでも預かってもらえないかと。
緊急のことだから、私も断る理由がなかった。
すぐに「うちで大丈夫だよ」と返し、受け入れる準備を始めた。祖母の身を案じる気持ちは、本物だったから。
その夜のうちに客間を片づけ、布団を干し、薬や着替えの置き場所を整えた。
翌朝、祖母を迎えると、安心したように小さく頭を下げてくれた。祖母にはなんの含みもない。困っていたのは事実なのだ。
ただ、その親族とは家も離れていて、普段はまるで交流がなかった。
年に一度の挨拶すらない。困っている人を助けるのは当然でも、頼られた相手が「その時だけの人」だと、心のどこかが冷めてしまう。
それが正直なところだった。
差し出される手の温度
祖母を迎え入れてからの日々、私はできる限りのことをした。食事も薬の管理も、滞在の費用も、こちらで引き受けた。
けれど、頼んできた親族からは、いつまで経っても感謝の言葉がなかった。
それどころか、用件のたびに新しいお願いが増えていく。
「ついでにこれも、お願いできる?」
こちらの負担を気遣う様子は、まるでなかった。もともと冠婚葬祭でも一円も包まない家で、私の親族の間でもその振る舞いは知られていた。
「困った時だけ、よく頼れるよね」
身内の誰かが漏らしたその言葉が、ずっと耳に残った。助け合うのが筋だと分かっていても、一方的に差し出される手を、私は素直に握れなかった。
滞在の段取りを確かめようと電話を入れたときも、返ってくるのは新しい頼みごとばかり。こちらの都合をうかがう一言も、ありがとうの響きも、最後までなかった。
祖母が新しい落ち着き先へ移るまで、あちらから歩み寄る気配は最後までなかった。
礼の品も、ねぎらいの電話も、何ひとつ。
それからというもの、私はその親族と少しずつ距離を置くようになった。喧嘩をしたわけでも、縁を切ると宣言したわけでもない。ただ、もともと細かった糸が、さらに細くなっていっただけだ。
本当に頼りたいのなら、平時から関係を結んでおくべきだったのだと思う。
普段は見向きもしないのに、いざという時だけ伸びてくる手は、どうしても温かく感じられなかった。すっきり割り切ることもできないまま、私は薄れていく縁を、ただ静かに見送った。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、20代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














