「飯は用意できてるのか」高熱で寝込む妻に帰宅早々たずねた夫。だが、夫が総菜売り場で気づいたこと
帰宅して最初に出た言葉
これは、まだ私が家のことを妻に任せきりにしていた頃の話です。
その日の昼休み、妻から「熱が出たので寝ています」と短い連絡が届きました。
私は「わかった」とだけ返し、仕事を続けました。
体調は大丈夫なのか、何か買って帰ろうか。今ならそう聞きますが、当時の私が真っ先に考えたのは、恥ずかしながら夕食のことでした。
帰宅すると、居間の明かりは消えたまま。台所にも、いつものように夕食が並んでいません。
私は寝室の前まで行き、扉を少し開けました。
「飯は用意できてるのか」
布団に横たわっていた妻が、ゆっくりこちらを向きました。顔は赤く、声にも力がありません。
「今日は無理。朝からほとんど起きられなくて……」
そこで初めて、昼間の連絡を思い出しました。
「何か食べる物はないのか」
重ねてそう聞くと、妻はしばらく黙ったあと、静かに言いました。
「冷蔵庫を見て。私は今日は食べられそうにないから」
責めるような口調ではありませんでした。それだけに、自分が情けなくなりました。
妻が高熱で横になっているのに、私は体調を気遣うより先に、自分の夕食を求めていたのです。
「水は飲めてるのか」
遅れてそうたずねると、妻は枕元の空になったペットボトルを指さしました。
私はすぐに新しい水を持っていこうとしましたが、冷蔵庫にはほとんど残っていませんでした。
総菜売り場で分からなくなった
私は上着を着直し、近所のスーパーへ向かいました。
自分の夕食なら、弁当を一つ選べば済みます。しかし、妻には何を買えばいいのでしょう。
総菜売り場の前に立ったものの、揚げ物や味の濃そうな料理ばかりが目に入りました。
普段、妻が体調を崩したときに何を食べているのか、私は知りませんでした。
妻は私の好みをよく知っていました。それなのに私は、妻が食べやすい物さえ分からなかったのです。
しばらく迷った末、自分用の弁当と、妻が口にできそうなレトルトのおかゆ、やわらかいうどん、飲み物、ゼリーを買いました。
帰宅すると、まず妻の枕元に飲み物を置きました。
「何か食べられそうか。おかゆとうどんを買ってきた」
妻は少し驚いた様子でしたが、首を横に振りました。
「今はまだ無理かも。でも、飲み物は助かる」
私は無理に食べさせず、必要になったら呼んでくれと伝えました。そのあと、自分の弁当を一人で食べましたが、いつもより味気なく感じたのを覚えています。
しばらくして妻に呼ばれ、うどんを半分だけ温めました。鍋の使い方にも慣れておらず、袋の説明を何度も確認しながら作りました。
「少しだけ食べてみる」
妻は数口食べると、また布団へ戻りました。
「ありがとう。残りは明日にするね」
その言葉を聞いても、ほっとしたというより、申し訳なさのほうが勝りました。
翌朝、私は妻に謝りました。
「具合が悪いと分かっていたのに、最初に飯のことを聞いて悪かった」
妻はすぐには何も言いませんでした。
やがて、「次からは、先に体調を聞いて」とだけ答えました。
その日を境に、私は帰宅前に必要な物がないか確認するようになりました。簡単なうどんやおかゆなら、自分でも用意できるようになっています。
あの夜に総菜売り場で立ち尽くしたことで、私はようやく、妻に任せきりだった暮らしの重さに気づいたのです。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、60代以上・男性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














