「1日8時間も預けて、大変そうね」働き方で人を測ったママ友。だが、周りのママの短い相槌が止めた瞬間
園庭で持ち出された数字
お迎えの時間、園庭の隅で子どもの支度が終わるのを待っていたときのことです。
同じクラスのママ友が、私の隣に並んで言いました。
「1日8時間も預けて、大変そうね」
手が止まりました。
何をどう返すのが正解なのか、すぐには分かりません。
「うちは3時にはお迎えだから、そのあと公園に寄れるのよ」
「そう、ですね」
「子どもに寄り添いたくて、私は家にいることにしたの」
どんな形を選ぶかは家庭ごとの事情です。
彼女がそうしたことに、私が言うことは何もありません。
ただ、その言い方には、正しい側から見下ろすような響きがありました。
同じことは、その前の週にもありました。
門の前で会ったときです。
「共働きって大変そう。よく続けられるわね」
復職して二か月、朝は夫が送り、夕方は私が仕事を切り上げて走る毎日でした。
クラスの母親の中では一番年下だったこともあり、言い返して角が立つのが怖かったのです。曖昧に笑って流すことしかできませんでした。
重なった短い声
保護者会のあと、数人が教室に残って机を元の位置へ戻していました。
私は窓側の列を運びながら、後ろの声を聞くともなく聞いています。
「公園で二時間は遊ばせてるの。みんなそれができたらいいのにね」
誰のことを言っているのかは、その場の全員に分かりました。私は机の脚を持ったまま、顔を上げられずにいます。
先に口を開いたのは、隣の列にいたママでした。机を静かに置いてから、穏やかに続けます。
「どちらの形でも、子どものことを考えているのは同じですよね」
声を荒らげてもいませんし、誰の名前も出していません。
それでも、比べるという前提そのものが、その一言で消えました。
「本当にそうですね」
「うちも毎日必死です」
「送りも迎えも、どっちも大変ですもんね」
短い相槌が次々に重なっていきます。彼女は、そうだけど、と言いかけて止まりました。
次の言葉を探すように口が動き、やがてかばんの持ち手を握り直します。視線は机の上へ落ちたままでした。
教室の話題はそのまま、来月の行事の分担に移っていきます。
誰も彼女を責めていません。ただ、戻る場所がもうありませんでした。
それきり、お迎えの時間で人を測る話は聞かなくなりました。
ときどき同じ話が出かかっても、返ってくるのは、そうなんですね、の一言だけです。少し置いて、別の誰かが連絡事項に話を戻します。
私は今でも、彼女とは挨拶を交わす程度の距離を保っています。近づくつもりはありません。それでも園の門をくぐる足取りは、あの日から確かに軽くなりました。
「お先に失礼します」
「はい、また明日」
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、20代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














