「最近、前より少し早く出てる?」挨拶だけだった隣人が知っていた私の生活時間。玄関で後ろを振り返るようになった理由
話した覚えのないことばかり
2年前、30代のはじめの頃、僕は週5日の仕事に通いながら、単身者向けのアパートで暮らしていました。
同じ階には30代後半に見える男性が住んでいました。顔を合わせれば「どうも」と頭を下げる程度で、それ以上の付き合いはありませんでした。
ところが、ある時期からその男性が妙に話しかけてくるようになりました。
最初は郵便受けの前でした。
「昨日、帰るの遅かったね」
突然そう言われて、僕は一瞬返事に困りました。
「ああ……そうでしたっけ」
「うん。結構遅い時間だったからさ」
男性は世間話でもするように笑い、そのまま自分の部屋へ戻っていきました。
たまたま見かけたのだろうと思いました。
ところが数日後、階段の踊り場で会ったときにも、また同じようなことを言われました。
「昨日も遅かったね。仕事、忙しいの?」
「まあ、ちょっと……」
曖昧に答えながら、今度は少し引っかかりました。
その週末、実家の兄と電話をしたとき、僕は何となくその話をしました。
「同じ階の人にさ、『昨日帰るの遅かったね』って、もう2回言われたんだよ」
「よく見てるな、その人」
「帰る時間なんて、一度も話したことないんだけど」
「まあ、同じ階なら偶然会ったり、物音で分かったりするんじゃないか?」
「…そうだよな」
兄にそう言われると、自分が気にしすぎているだけのような気もしました。
けれど、その後も男性の言葉は続きました。
朝に顔を合わせれば、
「最近、前より少し早く出てる?」
休日のあとには、
「土曜、出かけてたよね。どこか行ったの?」
どれも、それだけなら不自然とは言い切れない内容でした。
それでも、聞かれるたびに「また知っている」と思うようになり、だんだん笑って返せなくなっていきました。
「なんで知ってるんですか」
特に気になったのは、ある朝のことでした。
ゴミを出しに集積所へ行くと、先に来ていた男性がネットを押さえながらこちらを見ました。
そして何でもないことのように、
「昨日、新しくできたコンビニ寄ってたよね」
と言ったのです。
僕は思わず男性の顔を見ました。
その店に寄ったのは、夜遅くに一人で帰宅する途中でした。
「……なんで知ってるんですか?」
自分でも驚くほど硬い声が出ました。
男性は少し目を丸くしました。
「え?いや、たまたま近くで見かけただけだよ」
「ああ……そうなんですか」
「別に変な意味じゃないから」
そう言って笑う男性に、僕はそれ以上何も聞けませんでした。
実際、男性に何かをされたわけではありません。部屋の前で待たれたわけでも、後をつけられたと確認できたわけでもありません。
だからこそ、「やめてください」と言うのも大げさな気がして、どう対応すればいいのか分かりませんでした。
それから僕は、帰宅するときに以前より周囲を気にするようになりました。
そんなある夕方、いつもより少し早く帰り、階段を上がりきったところで男性の部屋のドアが開きました。
「あれ、今日は早いんだね」
僕は足を止めました。
「……そうですね」
それだけ答えて、自分の部屋へ入りました。
鍵を閉めたあと、なぜかすぐには玄関から離れられませんでした。
男性の一言一言には、どれも説明をつけようと思えばつけられます。
それでも、玄関の前に立つたびに後ろを振り返る癖がついてしまいました。
数か月後、僕はそのアパートを引っ越しました。
男性とは、それきりです。
新しい住所は、以前のアパートの住人には誰にも伝えませんでした。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた30代男性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














