「私、妊娠したの!」友人からの報告。だが、私が心から祝福出来なかったワケ
彼女の幸せを前に立ち止まった
「私、妊娠したの!」
妊活を続けながら、友人の報告を受けた。
その友人には、病院に通って治療していることを話していた。
治療が長引いていること、先が読めないこと、体にも心にも負担がかかっていることも。
結婚してすぐに妊娠したと聞いた時、最初は素直におめでとうと思った。
でも、日が経つにつれて、じわじわと胸の中に何かが積もっていった。
友人の妊娠を知って以来、周囲の空気が変わった。
集まりでは彼女が中心になり、誰もが気を遣い、荷物を持ち、先に座らせた。
友人の家でのバーベキューにも呼ばれたが、準備は全員でこなし、彼女だけが椅子にいた。おかしいとは思わない。
でも、胸の中がざわついた。その輪の外で笑っている自分が、少しずつ透明になっていくような気がした。
「男の子だったの!」
そう笑いながらエコー写真を差し出してきた瞬間だった。
妊活3年目に入っていることは、その友人にも話していた。
悪気はなかったのだと思う。だからこそ、そこに込み上げてきた苦しさをどこにもぶつけられなかった。
祝福できなかったわけではない。でも、祝福と苦しさが同時に押し寄せてきて、どちらの感情が本物かわからなくなった。
笑顔を返しながら、心がついていかなかった。集まりを抜けて駅に向かう帰り道、誰もいない場所まで歩いて初めて、涙がこぼれた。
気づいたのは、自分への不安だった
しばらくの間、友人といる時間が重かった。
距離を置くかもしれないと、頭の片隅で考えた。
それが怖かった。長い時間をかけて築いた関係が、こんな気持ちのせいで変わってしまうかもしれない。そう思うと、自分が嫌になった。
友人が悪いことは一度も思わなかった。それでも、隣にいると自分が削られていく感覚があって、しばらくは連絡の頻度が落ちた。
友人は気づいていたかもしれないし、気づいていなかったかもしれない。そのあたりのことは、今も確かめていない。
その後、私も妊娠できた。
あの日から少し時間がかかったが、ようやくだった。
あの感情を振り返ると、嫉妬だけではなかったと気づく。
「自分だけが立ち止まったまま、世界が動いていく」という孤立への恐怖だった。
友人の幸せそのものが怖かったのではなく、その先で自分が一人になることが怖かった。
同じ立場にならないと見えてこない気持ちが、確かにある。
誰かの幸せが別の誰かを苦しめることもある、という現実を、あの時はじめて自分のこととして受け取った。あのモヤモヤは解消したわけではなく、今も胸のどこかにある。ただ、自分が感じたことを否定しなくなった。それだけで、少し楽になれた気がしている。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、30代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














