「もう一人でやれない」40度で寝込む妻に夕飯を聞いた夫。後日、突きつけた家事育児の分担表に絶句
高熱の枕元で漏れた限界の声
40度近い熱で全身が重かった。共働きで子どもがまだ小さく、平日の段取りはほぼすべて私が握っていた頃の話だ。
会社の人や近所の前では「うちはちゃんと協力してる」と振る舞う夫も、家の中では何ひとつ自走しない。保育園の準備物の在処も知らず、子どもの薬の飲ませ方も覚えようとしない。土曜のレジャーだけが彼にとっての「育児参加」だった。
その日、布団に倒れ込んだまま夫に保育園のお迎えを頼んだ。彼は「了解」とだけ返したが、夕方に帰宅してから寝室をのぞきこんで、開口一番こう言ったのだ。
「飯どうする?俺の分」
看病でも体調確認でもない、自分の夕飯の心配だった。布団の中で熱に浮かされながら、私は小さく息を吐いた。
「もう一人でやれない」
声に出した瞬間、自分でも驚くほど低い声になっていた。夫は一瞬固まったが、すぐに「分かった、惣菜買ってくる」と部屋を出ていった。
寄り添う言葉はやはり最後までなかった。下の子の寝かしつけも結局、熱で朦朧とした私が添い寝で済ませた。
冷蔵庫に貼った1枚の証拠
体調が戻った週末、感情でぶつかるのはやめて事実で示すと決めた。
怒鳴っても何度も振り出しに戻ってきた歴史を、もう繰り返したくなかった。朝起きてから子どもを寝かしつけるまでの工程をノートに書き出していくと、家事と育児の項目は合計38に達した。米を研ぐ、保育園の連絡帳、薬の管理、上の子の宿題確認、ゴミの分別、翌日の持ち物準備、献立決め、保育園の行事書類。
1つずつ担当と所要時間と頻度を割り当てた表に整え、印刷して冷蔵庫に磁石で貼った。担当欄に夫の名前が入った項目はわずか3つだった。
翌朝、コーヒーを淹れに来た夫が表に気づき、しばらく動かなくなった。マグカップを置く音もしなかった。
「ほぼ全部、お前の名前じゃないか」
絞り出すような声だった。外で誇っていた「協力してる夫」像が、目の前の数字に打ち砕かれていた。
私はペンを差し出して「自分の名前を書ける項目を選んで。時間も書いて」とだけ言った。
夫はそこから20分、表の前から動かなかった。最初は不満そうにこなしていたが、文字で可視化された担当は逃げにくく、忘れれば子どもが先に気づく。
半年経つ頃には月に一度の見直しが定例化していた。職場での「うちはちゃんと協力してる」もぴたりとやみ、代わりに「今週はあいつの担当多めにしてもらった」とリアルな話を口にするようになった。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、40代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














