「一銭もないよ、レジ袋のお金だって惜しいくらい」義母を頼る前提だった夫。だが、義母の一言で感じた違和感
子どもの話をしていたはずなのに
夫と義母と三人で出かけた帰り道、車の中で将来の子どもの話になりました。
私は、子どもができてもできるだけ仕事を続けたいと思っていました。ただ、実際にどう働くのか、誰に頼るのかまではまだ何も決めていません。
そんな話をしていると、夫が何気ない調子で言いました。
「まあ、母さんにもたまに見てもらえばいいんじゃない?」
私は少し引っかかりました。
義母が引き受けてくれるかどうかも分からないのに、もう頼ることが決まっているような言い方だったからです。
「でも、それはお義母さんの都合もあるし…」
私がそう言いかけたとき、後部座席から義母の声がしました。
「私、貯金なんて全然ないからね。ほんとに一円もないくらいなんだから」
私は思わず振り返りました。
「え?」
義母はさらに続けます。
「一銭もないよ。レジ袋のお金だって惜しいくらいなんだから」
車内が一瞬、静かになりました。
誰も、お金を出してほしいという話はしていません。
夫も困ったように笑って、「いや、お金の話じゃないよ」と返しました。
ところが義母は特に気にした様子もなく、そのまま窓の外を見ながら別の話を始めました。
私は笑いそうになるのをこらえながら、同時に別のことを考えていました。
そもそも私たちは、義母がどうしたいのかも聞かずに、「見てもらう」という話を進めていたのです。
まずは二人で考えようと思った
家に帰ってから、私は夫に車の中で感じたことを話しました。
「さっきの話なんだけど、最初からお義母さんに頼る前提で考えるのはやめない?」
夫は少し意外そうな顔をしました。
「嫌ってこと?」
「そうじゃなくて。まず私たち二人で、どうしたいか考えたいの。お願いするなら、そのあとでちゃんとお義母さんにも聞こうよ」
夫は少し黙ってから、うなずきました。
「そうだね。俺が勝手に頼れると思ってたかも」
そこから、もう一度話し直しました。
私は仕事を続けたいこと。夫はどこまで家事や育児を分担できそうか。預け先についても、まず自分たちで調べてみること。
決めなければならないことはたくさん残っていました。それでも、「誰かが助けてくれるはず」と考えるより、ずっと話しやすくなった気がしました。
義母とは今も普通に会っています。
あの日の「一銭もない」という言葉も、義母にとっては特別な意味のない一言だったのかもしれません。
ただ、話が思わぬ方向へそれたおかげで、私は初めて、「これはまず夫婦二人で考えることなんだ」と気づくことができました。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた30代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














