「私、声が高いでしょう。よく驚かれるんです」葬儀の会食で、僧侶ご本人が笑って話した一言
本堂で、ずっと顔を上げられなかった
親戚の葬儀でのことです。私は親と並んで本堂に座り、読経を聞いていました。
お経というと、低い声が静かに続くものだと思っていました。ところが、その日来てくださった若い僧侶の声はかなり高く、よく通る声でした。鈴の音もはっきり響きます。
もちろん、笑うような場面ではありません。それは分かっているのですが、一度気になってしまうと、余計に意識してしまいました。
私は笑ってしまわないように唇を結び、ほとんど顔を上げないまま読経が終わるのを待ちました。
葬儀のあと、親族で会食の席に移りました。お茶が配られ、ようやく少し気持ちが緩んだころ、親が小さな声で言いました。
「あんた、ずっと下向いてたやろ」
私は湯呑みを持ったまま、親の顔を見ました。
「見てたん?」
そう返すと、親も少し口元を緩めました。その顔を見て、どうやら同じように気になっていたのだと分かりました。
二人で目を合わせると、またおかしくなりそうで、私は慌ててお茶を飲みました。
気にしていたことを、ご本人が先に口にした
しばらくすると、先ほどの僧侶が親族の席へ挨拶に回ってこられました。
私たちの近くにも座られ、少し話をしたあと、ご本人が笑いながら言いました。
「私、声が高いでしょう。よく驚かれるんです」
思わず親と顔を見合わせました。
僧侶は特に気にした様子もなく、「修行中も、もう少し低くと言われましてね」と続けました。
親が「でも、よう通る声でした」と言うと、その方は笑って頭を下げました。
「後ろまで聞こえていたならよかったです」
そのやり取りを聞いているうちに、それまで必死に笑いを堪えていた自分が少し恥ずかしくなりました。
声が高いことは、ご本人がいちばんよく分かっています。それでも隠したり気にしたりするのではなく、自分の声として受け止めているように見えました。
帰りの車の中で、親がぽつりと言いました。
「ほんま、よう通る声やったな」
私はそこで初めて声を出して笑いました。
本堂では気になって仕方がなかった声なのに、ご本人と話したあとは不思議と印象が変わっていました。今でもあの日のことを思い出すと、会食の席で穏やかに笑っていた僧侶の顔が浮かびます。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた30代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














