「別れたからって、そんなに変わるもの?」別れたはずの元彼が、何度も玄関に現れた半年間。私は引越しを決断した
同じ夜のうちに、玄関のチャイムが3度鳴った
二十代の終わりに別れた人がいる。
三十代になった今でも、あの半年間の夜のことだけは、不思議なくらいはっきり覚えている。
別れ話をしたのは、休日の昼だった。
駅前の喫茶店で、私はもう付き合い続けられないと伝えた。
彼はしばらく黙ったあと、「……そっか。わかった」と言ってうなずいた。
怒ることも引き止めることもなく、伝票を持って先に席を立った。
私は、それで終わったのだと思っていた。
最初にチャイムが鳴ったのは、それから十日ほど経った夜だった。仕事から帰り、部屋着に着替えたばかりの時間だった。
「…僕。ちょっと近くまで来たから」
聞き慣れた声に、思わず息を止めた。
「少しだけ、顔見られない?」
付き合っていた頃なら、突然来ることもあった。けれど今はもう違う。
私は鍵には触れず、扉の内側から返した。
「ごめん。もう、こういうふうに来るのはやめてほしい」
少し間があった。
「そんな警戒しなくてもいいじゃん。ほんとに顔見るだけだから」
「そういうことじゃないよ。もう別れたんだから」
「……そっか。わかった」
やがて足音が遠ざかっていった。
ほっとして台所へ戻ったところで、もう一度チャイムが鳴った。
しばらく無視していると静かになったが、その夜は結局、三度目まで鳴った。
「そんなに変わるもの?」と言われた
三度目のチャイムが鳴ったあと、私は扉を開けないまま声をかけた。
「まだいるの?」
「いるよ。…なんでそんなに避けるの?」
責めるような強い声ではなかった。むしろ、本当に分からないというような響きだった。
「避けてるんじゃないよ。この前、別れたってちゃんと話したよね」
「うん。それは分かってるけど」
そこで彼はいったん言葉を切った。
「でも、別れたからって、急にそんなに変わるもの?」
何と返せばいいのか分からなかった。
私にとっては、別れた以上、以前と同じようには会えない。それが当然だった。
けれど彼は、付き合っていた頃の延長のように考えているように私には見えた。
「ごめん。今日はもう帰って」
「……分かった。じゃあ帰る。またね」
最後の「またね」だけが、付き合っていた頃とまったく同じだった。
半年のあいだ、私は一度も扉を開けなかった
それから半年ほど、似たような夜が何度かあった。
毎晩ではない。何週間も何もなく、「もう来ないのかもしれない」と思ったころに、突然チャイムが鳴ることがあった。
鳴るのは、だいたい仕事から帰ったあとの時間だった。
私は一度も扉を開けなかった。
彼も扉を叩いたり、大声を出したりすることはなかった。ただ、チャイムを鳴らして、しばらく待っている。
「今日は話せない?」
「話すことはないよ」
「そっか。……じゃあ、今日は帰るね」
そんな短いやり取りだけで終わる夜もあった。
怒鳴られたわけでも、脅されたわけでもない。それでも、玄関の向こうに彼がいる時間は落ち着かなかった。
更新の時期が来たのを機に、私は電車で三十分ほど離れた街へ引っ越した。
荷物を運び出した日、空になった部屋の玄関を見ながら、ようやくここから離れられるのだと思った。
引っ越してから、彼には一度も会っていない。連絡も来なくなった。
それでも今でも、夜に突然チャイムが鳴ると、一瞬だけあの頃の玄関を思い出すことがある。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた30代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














