「これだけ言わせてください」披露宴で終わらない友人のスピーチ。空気が凍った披露宴で司会が静かに止めた長話
進行表を持った人の、目の動き
友人の披露宴で、私の席は入口にいちばん近い円卓だった。正面には新郎新婦の席があり、会場の端で進行表を持つ司会の女性の姿も見えた。友人代表のスピーチが始まったとき、彼女は次の進行を確認していた。
登壇したのは新郎の友人の男性だった。
最初のうちは新郎との思い出話に笑いも起きていたが、しばらくすると、新婦が知らないらしい昔話を面白がって話すようになった。
男性は新婦のほうを見て笑った。
「これ聞いたことあります?たぶん新郎、話してないですよね」
新郎は困ったように笑っていたが、新婦はどう返せばいいのか分からないような表情をしていた。
それでも男性は話を続けた。
「まあまあ、せっかくだから。もうちょっとくらいいいですよね?」
会場から返事はなかった。
私たちの卓でも、さっきまで笑っていた人たちが黙り、グラスに伸びていた手も止まっていた。
隣に座っていた同期が、私にだけ聞こえるくらいの声で言った。
「これ…まだ続けるのかな」
私は会場の端に立っている司会を見た。
「司会の人も、ずっと気にしてるね」
司会はすでに進行表から顔を上げていた。腕時計を確認し、壇上と新郎新婦の席を交互に見ている。
スピーチが予定より長くなったころ、司会が静かに壇上へ歩き出した。
マイクは、そっと下ろされた
司会は男性の横まで行くと、少し身を寄せて声をかけた。
「恐れ入ります。そろそろお時間です」
男性は「あ、はいはい」と笑ってうなずいた。
私はこれで終わるのだと思った。ところが男性はマイクへ向き直った。
「じゃあ最後に、これだけ。これだけ言わせてください」
そう言って、また話し始めた。
司会は少し待ってから、今度は男性から見える位置へ一歩進んだ。
「申し訳ありません。そろそろお時間です」
男性は一度言葉を止めた。
「もう終わりますから」
そう返したものの、また話を続けようとした。
会場には、もう笑い声はなかった。
司会はそれでも声を荒らげなかった。三度目は、男性の顔を見ながらゆっくりと言った。
「そろそろお時間です。続きはぜひ、お席でお願いします」
男性はようやく司会のほうを向いた。
「……ああ、すみません」
それまでより小さな声だった。
男性がマイクから離れて一歩下がると、司会は小さく頭を下げた。そしてスタンドマイクに手を添え、静かに高さを下げた。
「ありがとうございました。新郎とのたくさんの思い出をお話しいただきました」
男性は少し気まずそうに頭を下げ、そのまま席へ戻っていった。
司会はすぐに次の進行へ移った。
「それでは改めまして、おふたりへ大きな拍手をお願いいたします」
ぱらぱらと始まった拍手が、少しずつ会場全体に広がった。音楽も流れ始め、張りつめていた空気がようやくやわらいでいった。
新婦の表情も少しやわらいだように見えた。新郎が隣から何か短く声をかけると、新婦は小さくうなずいていた。
披露宴がお開きになったあと、隣にいた同期がぽつりと言った。
「司会の人、大変だっただろうね」
「うん。あれ以上続かなくてよかった」
同期は壇上のほうを振り返った。
「最後まで怒った言い方、一回もしなかったね」
私も同じことを思っていた。
強い言葉を使わなくても、止めなければならないところではきちんと止める。その日の司会の落ち着いた声が、披露宴が終わってからも妙に耳に残っていた。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた30代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














