「主人が蚊のことで騒いだそうで」病院の窓口に現れた夫婦。退院する妻の一言に、数日前まで怒っていた夫は
待合室で蚊に刺されたと怒る男性
5年ほど前まで、私は病院の相談窓口で、患者さんやご家族からの相談を受ける仕事をしていました。
ある日の昼、受付の職員がやって来て、怒っている方がいるので話を聞いてほしいと言われました。
案内されてきたのは、60代から70代くらいに見える男性です。
奥さんの手術に付き添い、待合室で終わるのを待っていたところ、蚊に刺されたというのです。
男性はカウンターの前に立つと、いきなり袖をまくり上げました。
「ちょっと見てよ。待合室で蚊に刺されたんだけど」
「そうだったんですね。かゆみは大丈夫ですか?冷やすものをお持ちしましょうか」
「いや、そうじゃなくてさ。病院の中に蚊がいるって、どうなの?」
男性は刺されたところを指さしながら、不満そうに話し続けます。
「病院なんだから、ちゃんと対策してもらわないと困るよ」
「申し訳ございません。出入り口から入ってくることもありますので…。待合室の状況は確認いたします」
「そういうことじゃなくて、蚊が入らないようにできないの?」
何とか説明しようとしましたが、男性は納得してくれません。
次第に声も大きくなり、廊下を通る患者さんたちが、何事かとこちらを見るようになりました。
結局、奥から男性職員が出てきて、私と対応を代わることになりました。
職員が改めてお詫びし、対策を検討すると伝えると、男性はようやく待合室へ戻っていきました。
蚊に刺されて嫌な思いをしたのは分かります。でも、あそこまで強く言われるとは思っていませんでした。
私は対応を終えたあとも、少し戸惑っていました。
退院の日、奥さんが夫に向かって言ったこと
それから数日後のことです。
相談窓口の前に、大きな紙袋を提げた男性が立っていました。先日、蚊のことで苦情を言っていたあの男性です。
隣には同じ年ごろの女性がいました。手術を受けた奥さんで、この日が退院の日だということでした。
奥さんは私の顔を見ると、丁寧に頭を下げました。
「主人が蚊のことで騒いだそうで」
そう言って、隣の男性に目を向けます。
男性は何か言いかけたようでしたが、結局、黙ったままでした。
「本当に、お恥ずかしいです。すみませんでした」
「いえ、そんな。お気になさらないでください」
私がそう答えると、奥さんは今度は夫のほうを向きました。
「家にいたって、しょっちゅう刺されてるじゃないの。病院だからって、そんなに怒ることないでしょう」
「……いや、まあ、そうだけど」
男性は小さな声で答え、気まずそうに目をそらしました。
先日はあれほど大きな声で話していたのに、今はすっかりおとなしくなっています。
耳まで赤くなり、奥さんの隣で肩をすぼめている姿に、私は少し驚きました。
通路の向こうの長いすで新聞を読んでいた年配の男性も、小さく笑ってから紙面に目を戻しました。
「それじゃ、お世話になりました」
「どうぞお大事になさってください」
奥さんがもう一度会釈して歩きだすと、男性も何も言わずについていきました。
その背中を見送りながら、私は思わず小さく笑ってしまいました。
あの日はどう対応すればいいのかと困り果てましたが、奥さんとのやり取りを見て、なんだか気持ちが軽くなったのでした。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた40代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














