「最近、ケチになりすぎじゃない?」昔はブランド服の買いすぎを心配していた母。数年後、今度は正反対の心配をされたワケ
母が心配していた昔の僕
昔の僕は、休みのたびにアウトレットへ出かけていました。
当時は共働きで、夫婦ともに収入があり、服にお金をかけることも楽しみの一つでした。
気に入ったブランドの服を見つけると、値段をあまり気にせず買っていたものです。
実家に帰るときも、買ったばかりの服を着ていくことがよくありました。
そんな僕を見て、母は決まって心配そうに言いました。
「あら、また新しい服? 高かったんじゃないの?」
「大丈夫だよ。ちゃんと考えて買ってるから」
「そう?無理してないならいいけど」
母にしてみれば、服にお金を使いすぎていないか気になったのでしょう。
僕は「また心配してるな」と思いながら、いつも軽く聞き流していました。
そんな生活が変わったのは、子どもが生まれてからです。
子育てで忙しくなり、休日に服を買いに出かけることも減りました。
以前ほどブランドにこだわらなくなり、近所の量販店で無地のシャツを買うようになったのです。
今度は買わなさすぎを心配されて
服に使うお金が減ったことで、貯金も以前より増えるようになりました。
最初はそれがうれしかったのですが、いつの間にか、お金を使うこと自体がもったいなく感じられるようになっていました。
シャツの袖口がすり切れていても、まだ着られるなら買い替えなくていい。そんな考えになっていたのです。
妻からも、ときどき指摘されました。
「そのシャツ、もう替えたら?」
「え、まだ着られるよ」
「袖のところ、結構傷んでるよ」
「まあ、もう少し着てからでいいかな」
妻はあきれたように笑っていましたが、僕はそれほど気にしていませんでした。
それから数年後、家族で実家に泊まった夜のことです。
妻と子どもは奥の部屋で先に寝てしまい、居間には僕と母だけが残っていました。
お茶を飲みながら話していると、母がふと僕のシャツに目を向けました。
「ねえ、そのシャツ、ずいぶん着てるんじゃない?」
「そうだね。結構長いかも」
「襟も伸びてるわよ。新しいの買ったら?」
「まだ着られるし、別にいいかなって」
すると母は、少しあきれたような顔をしました。
「最近、ケチになりすぎじゃない?」
思わず笑ってしまいました。
「昔は新しい服を着てくるたびに、無理してないかって心配してたじゃん」
「それはそうだけど。今度は買わなさすぎよ」
そう言いながら、母は伸びた襟元を指でつまみました。
昔は服を買いすぎていないか心配され、今度は買わなさすぎを心配されるとは思いませんでした。
確かに、貯金が増えるのはうれしいことです。でも、傷んだシャツまで無理に着続ける必要はないのかもしれません。
それにしても、買っても買わなくても母は心配するものなんですね。
僕は何とも言えない気持ちになりながら、湯のみを手に苦笑いしました。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた40代男性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














