「毎晩うるさいんですけど」上階から突然の苦情。半年後、私がその部屋を離れた理由
天井から音
上の階から床を叩くような音がした日には、カレンダーへ小さな丸をつけるようになった。
最初の丸をつけたのは、夜10時すぎだった。真上から突然、ドン、ドン、と床を強く踏みつけるような音が響いた。
数分後、玄関のチャイムが鳴った。立っていたのは、上階に住む奥さんだった。
「すみません。毎晩、下からドンドン音が響いてくるんですけど」
「毎晩、ですか?」
「はい。子どもがなかなか寝られなくて…」
その時間、私はベッドで本を読んでいた。一人暮らしで、部屋の中を歩き回っていたわけでもない。
「今もずっとベッドにいたんですが…」
そう伝えると、奥さんは少し困った顔をした。
「でも、下のほうから聞こえるんです」
それだけ言うと、奥さんは上の階へ戻っていった。
築十数年のアパートで、それまでは階段ですれ違えば会釈をする程度の関係だった。
翌日から私は、自分の生活をメモするようになった。
何時に帰宅したか、椅子を動かしたか、台所に立ったか。苦情を言われた時間に何をしていたのか、自分でも確かめたかった。
書き出してみると、夜10時以降はほとんど動いていない日も多かった。
記録と苦情の時間が合わなかった
管理会社へ相談すると、翌週、担当者が部屋を確認しに来た。
床の状態や家具の配置を見たあと、私が残していた生活記録にも目を通していく。
「上の方から聞いている時間と、この記録が合わない日がありますね」
「それ、上の方にも伝えてもらえますか。何もしていない時間まで言われてるので…」
「もちろんです。こちらからも説明はしています」
担当者は少し言いにくそうに続けた。
「ただ、上の方は『下の部屋から聞こえる』と2度おっしゃっていて…」
建物では、斜めの部屋や配管などから伝わった音が、別の場所から聞こえることもあるという。担当者も発生源は断定できないため、今後も間に入って対応すると話した。
それでも、天井からの音は終わらなかった。
丸は週に一つ、二つと増えていった。半年もすると、カレンダーには黒い点がいくつも並んでいた。
私は夜になると、かかとを強くつかないよう、そっと歩く癖がついた。何か物を落とせば、また上から音が返ってくるのではないかと身構えるようにもなった。
ある夜、友人との電話でその話をした。
「管理会社にも確認してもらったんだけど、まだ私の部屋だって思われてるみたい」
「まだ続いてるの?」
「うん。もう半年くらい。家にいても落ち着かなくて」
友人は少し黙ったあと、言った。
「そこまで気をつかって暮らすなら、一回ほかの部屋も見てみない?一緒に探すよ」
次の週末、私たちは不動産屋を回った。
契約したのは、角部屋で上に住戸のない部屋だった。家賃は前より少し高かったが、それよりも、夜に天井を気にしなくていい場所に住みたかった。
荷造りをしている間にも、何度か天井から音がした。
以前ならすぐ時計を見て、カレンダーに丸をつけていた。でも、最後の数日はもう記録しなかった。
引っ越しの日、階段の踊り場で上階の奥さんとすれ違った。
「あ、引っ越されるんですね」
「はい。お世話になりました」
それだけ言って、私は荷物を抱え直した。
結局、あの音がどこから聞こえていたのかは分からないままだった。
それでも、新しい部屋で最初の夜を迎えたとき、天井を気にせず歩けることに、思っていた以上にほっとした。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた30代男性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














