「お怪我はございませんか」ホテルの朝食会場で袋が破けた母親。だが、スタッフに声をかけられたら気まずくなったワケ
減らない料理と、ふくらんでいく袋
妻と旅行に出かけたとき、泊まったホテルの朝食会場での出来事です。
朝の会場は宿泊客で混み合い、パンや果物の前には列ができていました。
私たちの前には、両親と小学生の子どもふたりの、4人家族が並んでいました。
料理を選んでいる間、父親が皿に山盛りの料理をのせ、席へ運ぶ姿を何度も見かけました。
私たちも料理を取って席に着くと、近くにその家族が座っていました。
テーブルには皿がいくつも並んでいます。ところが、料理はほとんど減っていません。
「ねえ、あれ、全部食べるのかな」
妻が小声で言ったとき、家族が席を立つ支度を始めました。母親は布の袋を広げ、皿に残っていたパンや果物を次々と入れていきます。
「お母さん、それ持って帰るの?」
子どものひとりが尋ねました。
「いいのよ。みんなやってるんだから、気にしないの」
母親はそう答え、袋に詰める手を止めません。
通りかかった年配の客が袋を見て眉をひそめると、母親は少し声を大きくしました。
「宿泊代に入ってるんだから、もらって当然でしょ」
妻は小さくため息をつきました。母親が袋の口をしばるころには、布が張るほど中身が詰まっていました。
出口の手前で破れた袋
やがて家族は席を離れ、朝食会場の出口へ向かいました。
出入口には、これから食事をする客の列が続いています。私たちの席からも、家族がその前を通る様子が見えました。
そのときです。
母親が持っていた袋の底が、びりっと破れました。
詰めていたパンと果物が床に落ち、果物が待っていた客の足元へ転がっていきます。
「わっ!」
列の先頭の客が慌てて足を引きました。周囲の視線が集まり、母親は破れた袋を持ったまま立ち尽くしていました。
すぐに若い男性スタッフが駆け寄り、母親に声をかけました。
「お怪我はございませんか」
「え、ええ……大丈夫です」
スタッフはうなずくと、その場にしゃがみ、床に落ちたパンや果物を拾って回収用の箱に入れ始めました。袋の中身を持ち帰ろうとしたことについては、何も言いません。
「ちょっと、それ……」
父親が口を開きかけましたが、周囲を見て、そのまま黙ってしまいました。母親も声を出さず、破れた袋を握っています。
最後の果物が拾われると、家族は持ち帰るはずだった食べ物を残し、うつむいたまま会場を出ていきました。
スタッフが入口の脇へ戻ると、止まっていた列も再び動き始めました。
私と妻は顔を見合わせ、コーヒーを飲みました。
「みんなやってるわけじゃないのにね」
妻の言葉に、私は黙ってうなずきました。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた30代男性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














