「夕飯は全員がそろってからよ」と毎晩箸を取らない義母。私が先に食べ始めると、数日で義母が折れた
そろうまで箸を取らない義母
義母は家族がそろうまで、毎晩箸を取ろうとしません
私は夫、子ども二人、夫の両親と同居しています。
義母は、家族が全員そろうまで、夕飯に箸をつけません。
その夜も二十一時が近づき、食卓の皿はすっかり冷めていました。
義父はお腹がすいたのか、何度も椅子から立ったり座ったりしています。
それでも義母は、食卓の椅子で背すじを伸ばしたまま、動こうとしません。
「夕飯は全員がそろってからよ。」
料理を作ったのは、勤め先から帰ってすぐ台所に立った私です。帰りがばらばらな家族を毎晩待つのがつらく、私は思い切って頼みました。
「食べられる人から、先にどうですか。」
私の頼みを退け、義母は待つと言い張ります
義母は日中ほとんど家におらず、夕方に戻っても台所には入りません。
夫も子どもたちも帰宅時間が違い、誰かの夕飯が要らなくなる日もあります。
それでも、義母の分の夕飯は毎晩用意しなければなりません。
帰宅時間がばらばらな家族の夕飯を用意しながら、義母の決まりに合わせて待つことが、私には一番の負担でした。
「私は待てるから、構わないのよ。」
義母はそう言い切って、いつも話を終わらせます。私が台所で何時間立っていたのかにも、触れることはありません。
私は口を一文字に結んだまま、何も言い返せませんでした。
先に食べ始めた私
この夜から私は義母を待たず、先に食べ始めました
それなら、もう義母に合わせるのはやめよう。私はそう決めました。
その夜、義母の前の皿はそのままに、私は自分の分を取り分けて箸を持ちました。
「冷めるので、先にいただきます。」
義母は何も言わず、背すじを伸ばして座り続けました。あれだけ「待てる」と言い切った以上、席を立てなくなったのだと思います。
やがて二十一時を回っても、義母の前の皿は手つかずのままでした。
数日後に義母が折れ、帰った人から食べる家になりました
そんな夜が数日たつと、真っ先に根負けしたのは義父でした。
『もう腹がもたん、わしも先に食べるよ』と、あきらめたように椅子を引きます。
一人で待つ義母のほうが、だんだん目立ってきました。
そしてとうとう、義母が口を開きました。
「もう、各自で食べましょう。」
冷めきった食卓を前に、肩をすぼめた声でした。私は静かに答えました。
「待てると言うので、先に食べました。」
義母は何か言いかけて口を開き、そのまま返す言葉が見つからず、冷めた皿を自分のほうへ引き寄せて、ようやく箸を取りました。
翌朝、台所で顔を合わせると、義母は私と目を合わせずに言いました。『私も、むきになっていたのね』。
あの夜から、夕飯はそれぞれの都合に合わせて食べられるようになりました。台所の段取りも、ようやく私のものになりました。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた40代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














